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丸井とああでもないこうでもないと言い合いながら、部室で部誌を書いていた時のことだ。丸井が適当にこれでいいんじゃね、と言うところを俺が書き足して行き、結局部誌の内容はほぼ俺が書いているも同然だった。
当番は丸井と俺の2人の筈なのに、解せない。だがそれもいつものことだった。
丸井は飄々としていて逃げ足がはやいからいいのだが、部誌に不備があると先輩から怒られるのは俺である。
俺はふと、どうでもいいことではあるのだが、いま使っているシャーペンが汚くなっていることに気がついた。
「何だよジャッカル。そんなまじまじシャーペンなんか見て。早く終わらせようぜ」
「あ、ああ」
つまらなそうにガムを膨らませながら頬杖をついている丸井に促され、手を動かすことを再開した。
自他共に認めることだが、俺はなにかと物持ちがいい。このシャーペンはいつから持っているものだったか。
誰かからもらったもののような気がする。
今は黒ずんだ、もとは透けた綺麗な青色のシャーペンだった。貰ってすぐ俺はこれを気に入って、よく使うようになった。
丸井と親しくなり損な役回りを押し付けられることが多かったせいか、同級生たちには謎の廃品を渡されることもあった。
消しカスや細かく折れたシャーペンの芯。かすれて文字が見えなくなった定規や壊れた傘。
そんな中でこれだけは、新品だったのだ。不思議なことに誰がくれたのかが思い出せない。
『ジャッカルに似合うと思って。良かったら使って?』
そう言った人間は、いったい誰だったのか。思い出したいのに、掴もうとするとその記憶はかすれて消えてしまう。
自分が愛用しているものでもう一つ、身元不明のものがあることを思い出した。これも誰からもらったものだったか。家族でも友人でもない、だれか。
放課後、俺は唸りながら部室に向かおうと廊下を歩いていた。
ひとりの女子生徒とすれ違う際に肩が触れあい、手の中のものを落としてしまった。
「ごめんなさい、ぼうっとしてて」
「いや、俺のほうこそごめんな」
大人しそうで地味なその生徒は礼儀正しく頭を下げ、落ちたミサンガを拾いあげる。
斜めに線の入った、よくありがちなデザインのミサンガだ。ただカラーリングがブラジルを意識したようなもので、故郷を思わせることや、普段持ち歩かない手作りの質感が気に入って常に手首に巻き付けているのだが、たまたま気になって外した。
よくよく見ても手作りだ。誰かが作ってくれたはずだった。思い出せない。すごく失礼なことな気がして、胸のあたりが不愉快だった。
「......はい」
「ありがとな」
俯きがちなボブカットの女子生徒の顔色が少し悪く見えた。一瞬ぶつかった指先も冷たい。まだ日中と言える校内で、照明の色がどうという問題でもなさそうだ。
「おい、大丈夫か。具合でも悪いのか」
「え、ううん。全然。心配してくれて、どうもありがとう」
彼女は遠慮がちに首を振って、立ち去っていく。
俺はどうにも思い出せない記憶がひっかかりながら、ミサンガを手首に巻き直し、すぐにそのことを忘れてしまった。