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友達と久々に楽しく遊んでいただけだ。しかも美味しい小籠包を摘みながら、あつい!と平和な会話をしていただけ。

目の前には絵に描いたような柄の悪そうな男たちがいる。多分、高校生から大学生くらいだろう。中学二年の女子に手を出そうとするとは馬鹿丸出しだ。嫌な予感が的中してしまった。

「きみ、かわいいね」
「あ、の、困ります」

明らかな弱り顔の石田さんの手を握りしめ、彼女の視界を遮るように前に立った。

「あー、きみは?この子の友達?」

お前みたいな地味な女に興味はないとでも言いたげな顔だ。言いたいことはよく分かるが、お引き取り願うしかない。足に力をいれ、無表情で対峙する。

「すみませんが、あなたがたと遊びには行けません」
「えー、いいじゃん。ちょっとくらい。ね?」

なにがいいのか全く分からないし、貴方方には生憎と全く興味がない。こんなテンプレートなナンパに遭遇することになるとは、本当に運が悪いとしか言いようがなかった。
昼間の中華街、しかも土曜日。他を当たってほしい。
しかし、恐らく口ではどうにもならない。
明らかにしつこそうな男の数は4名。彼らの足元は健康サンダルとクロックス、履き潰したスニーカー。流行に逆行するかのような腰パンであまり早く走れないと見た。全員髪をどこか染めていて、似たような顔立ち。多分、そんなに頭も良くない。そもそも、ナンパをしてくるのに自分たちの見た目を気にしなさすぎている時点でどうかと思ってしまう。気にした結果その見た目になっているのだとしたら、相当センスが悪い。
遠巻きにこちらを見ている人の群れ。彼らもきっと助けてはくれないのだろう。
ならば、自分たちの身は自分で守るしかない。石田さんの手はか細く震えている。
石田さんの足元はビニールのヒールのないサンダル。わたしもコンバースのスニーカーに黒のパンツ。なんとかなるかもしれない。

「ねえ、いいじゃん」

なにも良くない。伸びてきた手を強引に振り払うと、石田さんの体を少し後ろに押した。じわじわと後退しながら、わたしはこのポリバケツを狙っていたのだ。どこかの飲食店の生ゴミが入っているらしいバケツ。倒したら迷惑なのは分かっている。
思い切りそれを引っ掴んで持ち上げた。重くて腕が千切れそうだ。それも一瞬のこと。
狙い通り、目の前の男の腰から下に生ゴミがクリーンヒットする。ばしゃんと液っぽい音がした。ややもせず強烈な匂い。

「石田さん、走るよ!」


【名前は可愛いから心配だなあ】【ねえ、シャツ。そういうの身内の欲目って言うんだよ】【んー。でもほんとに。もし変な人に声をかけられたらね‥】


シャツの教えてくれた変人対処法が次々と頭に浮かんで消える。全く役に立たない冗談だと思っていたのが役に立つ瞬間が来るとは、人生どう転ぶかわからない。今のこの状況も含めてそうだ。なんだか場違いにも笑ってしまいそう。
怒声とともに追いかけてきた男たち。そのへんに停めてあった自転車を倒しながら、右に左に人混みを駆け抜けた。石田さんの細い手首を掴んで力強く引っ張りながら、路地を細かく曲がる。

男たちの影も形も見えなくなったら、山下公園の近くまで出て来ていた。石田さんは汗びっしょりでクタクタになっている。

「ね、すごいね、名前さん」

花壇のコンクリートにもたれながら、石田さんは息を吐いた。

「ごめんね。逃げないと無理そうだったから」
「ううん!全然。助けてくれてありがとう。しつこかったね、あの人たち。なんか、海外映画みたいで楽しかったよ」

石田さんの優しさに感謝しながら苦笑すると、彼女はタピオカミルクティーまだ飲んでないと嘆いた。なかなかのメンタリティだなと笑ってしまう。なんにせよ、笑顔でいてくれるなら悪い気はしなかった。

石田さんは結局崎陽軒のシュウマイをお土産にした。