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これがあー、夢だな、と思ったのはすぐだった。
自分の体が小さい。小学生くらい、だと思う。ずくずくと両膝が痛むのは、怪我をしているかららしい。
ミンミンと蝉が五月蝿く鳴いている。日が強烈に体を刺して、肌を焼く。
汗ばんだ片手を、少女がゆっくり引っ張っていた。
大きなマンションの影に滑り込むと、日陰に入ったことで少し涼しさを感じほっと息をつく。
少女は俺の顔を覗き込みながら、丸井、大丈夫?と小学生特有の幼げな高い声で聞いてきた。

「別にこれくらい」
「そんなに強がらなくてもいいのに。結構、痛そう」
「うるせえよ」

かっこわりい。不貞腐れてそう呟くと、少女は大人っぽい顔で苦笑する。
乗り込んだエレベーターの密室の中は、無言でも居心地悪くない。ちかちかと点灯する数字は最上階まで進んだ。蛍光イエローの靴は、小学生の時に気に入って履きつぶしていたものだった。
進んだ廊下の手前から2番目の紺色の扉。少女がポケットから取り出した銀色のカギには、カラフルな根付がついていた。茹だるような暑さの中、鍵が穴の中に差し込まれ扉が開くのを見守る。
中に入るとクーラーが付けっ放しだったのか、座るように言われた玄関先の床は冷たかった。
消えていく、先程まで繋がれていた片手の感触にモヤモヤする。ずっと手の内にあっても構わないのに。
さっさと手を離して、彼女は部屋の中に向かっていってしまった。

モデルルームのように簡素な部屋から戻ってきた少女は、冷たそうなグラスと救急箱を抱えてこちらへと走ってきた。

「ほら、膝出して、これ飲んでて」
「そんな急がなくていいから....走って転ぶなよ」
「丸井じゃないんだし転んだりしないよ」
「喧嘩売ってんだろぃ」
「そんなことないよ」

膝に突然滴ってきた消毒液の冷たさと刺すような痛みに顔を歪めながら、熱心に傷を拭き取る少女の顔を見る。
その少女は地味で、目立たなくて。でも優しくて、いつもおだやかに笑って話を聞いてくれた。ときとして気を遣わせ過ぎないように、茶化してくることもある。妙におとなっぽいところがあった。
その冷たい手の温もりを、俺は。触った時にもっとあったかくしてやりたいとか、馬鹿げたことを思った。もっと一緒にいて欲しいとか、そばにいて欲しいとか、もっと話を聞いて欲しいとか。
打てばきちんと返ってくる反応が好きだった。一緒にいて、居心地が良くて。
だから、余計に気になった。

「この家、でかいな。こんなとこで、親も殆ど帰ってこなくて、寂しくねえの」
「んー。もう慣れちゃった」
「んな寂しいこと、言うなよ。なんなら、いつでも俺んち来ていいからな!弟たちも喜ぶから」
「ありがとう。丸井は、優しいね」

堪え切れないような、変な笑いを浮かべた彼女が泣いているようにも見えて、その頬に手を伸ばした。こいつは、かわいそうなやつなんだ。だから、俺が傍にいてやらないといけない。
小さな親指でそっとそこを撫でて、その冷たさにやり切れないような気持ちを抱えた頃、目を覚ました。


夢の内容はよく覚えていない。
舌の上には、冷えたレモンティーのような味だけが残っていた。