02
時折、どうにもならないらしいことを考える。
そんな仮定を考えたところで何にもならないことなんて、痛いほどよく知っているのに。何度も何度も考えては思考と妄想の海に沈んでいく。神様、なんて、いもしない信じたこともない神様に語りかけてみたりする。
わたしがここにいなかったらとか、どうしてここにいるのかとか。
過去に起こってしまったことを振り返って、掻き集めて眺めて、またばらばらにする。
こんな風になっていなかったら、なんてことを夢想して、どうしてこうなってしまったのかを問いかける。
答えはどこからも返ってくるはずもない。わたしがこれからその意味を探していくしかないのだろう。わかっているのだ、そんなことは。
黙って1人でいると考えが尽きなくなるので、キャップを手に取るとそれを目深に被り髪は見えないように隠し、マスクをする。
ネックウォーマーに大きめのジャージ、ハーフパンツに伊達眼鏡。
どこから見ても不審者なのだが、中学生が夜中に外をうろつくのは逆立ちして考えても宜しくはないし、わたしは体温が異様に低く寒がりなのだ。春の夜のランニングとはいえ、それなりの対策は必要だった。
玄関から出ていく際、ちらりと姿見にうつる自分をみた。
これでわたしは性別も良く分からない人間に見えることだろう。
夜の鎌倉は嫌いじゃない。静寂の中、深く吐き出す自分の息が空気に溶けていく。
荒くなっていく息を抑えて、このまま本当に自分が溶けて無くなってしまえば楽なのかもしれないとふと思った。叶うことはない夢だ。
観光客もいなくなった商店街をすり抜け、目指すはかの有名な鶴岡八幡宮だ。人気のないそこは大きな体でひっそりと、わたしと同じように存在を消すように呼吸しているように見える。
大体夜のランニングは一駅分の往復と決めている。
ちかちかと、小さな虫を集めながら瞬く街灯を見て、石垣を背に一息つく。誰も乗せていないタクシーが静けさの中で、排気ガスを出しながら大通りを通っていく。
個人的には北鎌倉駅が最寄りになる明月院という寺院が好きなのだが、理由の一つに北鎌倉が鎌倉ほど混雑していないというのがあるので、鶴岡八幡宮にはたくさん人を寄せつけておいてほしい。
夜の明月院まで行ったことはない。あそこまで走るのはさすがに遠いのだ。
持参したペットボトルに口をつけつつ少しぼうっとしたあとで、再度走り出した。
八幡宮の正面から右に大きく曲がる。頼朝の墓近くを抜けて、旧里見亭のあたりまで。
この洋館の作りもとても気に入っている。あたりは今は仄暗いものの、朝になればその美しい姿がよく見えることだろう。
そこでUターンし、自宅のある由比ヶ浜方面へと足を向ける。
息が荒い。
体力の少ないわたしは走ると疲れ、考える余裕もなくなる。どうしようもないことを考えていてももう仕方ないのだ。仕方ない、仕方ない。どうにもならない。
何度もその言葉を飲み込んで、思考を散らす。頭の中が白く染まっていく。ただ無心で景色を見ながら走る。がくがくと膝の力が抜けがちになる。
視界がすこし霞んで見えるようになったころ、余計なことを考える気力はなくなっていた。
時折白い光の粒を見せながらも真っ黒な色をした川沿いを、最早ランニングとも言えない速さで通ると、すくそばの空き地でコンクリートに何か軽いものを打ち付ける音が聞こえた。ふいにそちらを見つめる。
パコン、パコン。
定期的に同じ音がしていた。
ラケットグリップを強く握って。コンクリートの壁の同じ箇所に黄色いボールを打ち付ける細い背中があった。髪が銀色で、襟足は長く。見覚えのあるそれ。頼りない街灯に照らされたその背中はきらきらと、この世の中でもひときわ綺麗に見えた。一瞬立ち止まる。
こんなところで、彼の努力のかけらなど見たくはなかったと思ってしまう、性格の悪い自分がいる。心が痛い。
人の気配に気づいてか、身長の高い彼が後ろを振り向く。
わたしはそっとその背から目を背けて、また走り出した。