03
担当顧問の清水先生は本来美術専攻でなく、気弱な数学教師であり、どうやら頼み込まれて顧問を引き受けたそうである。というのは、美術部員なら誰しもが知っている。
つまり、立海大付属中の美術部はとても緩い雰囲気の漂う部活だ。わたしはこの部の雰囲気をとても気に入っているので、是非このままであってほしいと願っている。

今年入学してきた1年生は、5人が入部を決めてくれた。そして今日が新入部員である彼らと初めての顔合わせになる。
その中でも2人の女の子たちは美術部についての説明中もずっと小声でお喋りに興じており、そのうち幽霊部員と化しそうだ、とぼんやり彼女たちを見ながら予想する。

マンモス校である立海は、運動部に力を入れているため文化部についてはおざなりな傾向にある。生徒比率の3分の2は運動系の部活に所属していると聞く。
こと美術部に関しては、立海には漫画研究部も存在するため、イラストタッチな絵が好きな人はそちらの方に所属しがちだ。
つまり、漫研と兼部している生徒もいるものの、美術部は人気があまりないのだった。わたしはそっと溜息をつく。

「名前は、外に描きに行くの?」
「なっちゃん」

同い年で幼馴染の寺内夏美が、顔を覗き込むなりそう問いかけてきた。
彼女も漫研と美術部の兼部をしている部員だ。
くりくりと動物的な、愛嬌のある目をしている。
彼女は明るく活動的で、一人で座って読書していることも多いわたしとはずいぶん性格も違うのだが、なんだかんだとずっと親しくしている。
わたしが絵の題材を決めるのに、まずは外にスケッチに行くことも彼女は知っていた。

「新入生が入部してくれて早々なんだけど、ちょっと漫研にも顔だしてくるね」

夏美の主としている部活動は漫研だった。よって美術部にいる時間は少ない。
いつものことなので、わたしは手を振って彼女を送り出した。

「うん、いってらっしゃい」

ぱたぱたと忙しそうに夏美が美術室から出て行くと、何人か同じように兼部している生徒が退室する。
部員全員そろって新入生に自己紹介したものの、華があり部長でもある尾川先輩の近くに1年生達は集まっている。地味なわたしの傍に寄るわけもない。
適当なミーティングの後で清水先生が部員に指示したことといえば、好きに絵を描くなり過ごしてくれの一言だ。いつもの通りひどく緩い。

提出の必要がある展示会は年に3回なので、それさえ何か提出していれば特に問題がないのがこの美術部だ。
何を描こうかなと思い、油絵具をがさがさといじって見たものの、やはりまだ興が乗らなかった。特に描きたいモチーフが決まっていない。

いつもの通り外に出てみるかと、明るい室外を目指す。眠くなってしまいそうな、四月らしい春の陽気だった。

運動部の元気な声出しが聞こえる中、校舎のまわりを適当にフラフラと歩いてみると、水場の近くに雑草が生えていた。花壇の近くの花でもよかったのだが、たまには草を綺麗に描こうと思い、日陰に腰を下ろしてスケッチブックを広げる。
思いのほか綺麗に削れた各種硬度の違う鉛筆並べて手にとって、バランスを調整しながら紙の上に線を描き込んでいく。