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1年ぶりとなる久々の長野。
石田さんの祖父母にしっかりしとるねえと感心され、苦笑しながら野菜をもいだりする手伝いをした。
長野独特の、頭にイントネーションがつく方言。
つやつやと赤いトマトやずっしりと重い夏ナス。
長野の夏は空が大きくて高くて、広い。
すべての緑がとても美しく見える季節だ。さわやかな風には、懐かしい気配が乗ってくる。神奈川の夏と比べると、体感の暑さにも大きな違いがあるように感じた。長野のほうが暑くても涼しいのだ。

長野ではツルヤという名前のスーパーが大きく展開している。
冷蔵庫にストックしてあるツルヤのオリジナルブランドのジュースや野沢菜に、ふいに泣きたい気分になった。
タイルの貼ってある古そうな浴槽、シャッターの二重窓。
つんと酸っぱい、農家のにおい。すべてがどこか懐かしくて苦しい。

「名前ちゃんみたいなしっかりした子があのこの友達でよかったわー」

人の良さそうな笑み。若い頃は美人だっただろうと思われる石田さんの祖母の笑いを見ながら、わたしが大人になっていたことに、ようやく気付いた。夏美のお母さん、おばさんも、わたしをしっかりした子という。
同年代の中では大人っぽい、しっかりしたタイプというだけで、わたしはもう思うまま立ち振る舞っても違和感がないのではないだろうか。
もう14歳だ。ここに生まれて、14年も経っている。見た目は大人とそう変わらない。
大人のような言動をしたところで、まわりの大人に変な目で見られたりしないのだ。
随分前に、思ったように振る舞ったり話したり出来なくなっていた。しかしもう、そんな状況からは解放されてもいいのかもしれない。
石田さんと話すように自然にいろんな人と話しても、許されるのかもしれない。

「ねえねえ」

二階に並べられた二組の古い布団。隣に寝そべりながら石田さんは上機嫌に笑っている。石田さんはここにきてから、ずっと楽しそうだ。祖父母宅が好きなのかもしれない。祖父母にもとても懐いているようで、2人にも石田さんは可愛がられていた。
学校にいるときも以前と比べて明るくはなってきたものの、今のような伸び伸びしたような様子は見られなかった。もとから美人で可愛い石田さんだが、今の方がずっとかわいい。

「今日、名前ちゃん楽しかった?あと一泊あるけど大丈夫そう?」
「うん。楽しかったよ。おじいちゃんもおばあちゃんも、いいひとだね」
「そうでしょ!だいすきなの」
「そうだと思った」

はしゃぐ様子を微笑ましく思っていると、強請るように石田さんがわたしの寝ている布団を摘む。

「あとね、あの‥名前で、呼んでほしい」

石田さんの勇気を振り絞ったような声が聞こえて。
いつのまにかわたしは彼女に名前で呼ばれていたものの、わたしは彼女を名前で呼んだことはない。気が大きくならなければ、そんなお願いも言うことができなかったのだろう。友達になってとわたしが言ったのに、わたしは人と距離の縮め方が下手すぎて、情けない気分になる。
きっとシャツならもっと上手くやれた。それでも、美織と親しくなって、友達になったのはわたしだった。

「うん、美織ちゃん」
「うれしい、友達って感じがする」
「友達でしょ?」

首を傾げながら見ると、美織は顔を綻ばせ、照れたようだった。