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帰りの新幹線の中で、液晶に流れていく時事ニュースを見たり、お弁当を食べたり。
お土産と言って持たされた野菜の類を眺めなおしてみたり、畑であった出来事を語ってみたり。ゆっくり神奈川へと戻る。
そして美織は迷いながらも決めたことだと言って、その決意を口にした。

「新学期から、教室に行ってみようかなって思ってて。誰とも話ができなくても、名前ちゃんは話してくれるでしょ?」

きらきらと輝く目に若さを感じるのは、同い年なのにわたしが彼女より14歳は年上だからなのだろうか。それとも、わたしに具体的な目標がないからか。どちらかというと後者な気がして、自嘲する。わたしは、彼女を救いたいという以外に生きる目標がない。

わたしはシャツが背中を押してくれても、小学校の関根のいた空間にはあまり戻りたくなかった。美織はとても強いと思った。

「うん。もちろん。他のクラスだけど、美織ちゃんのクラスまで遊びに行くね。無理はしないで、ダメだなあと思ったら保健室行ってね」
「頑張るよ!」
「がんばって。でもがんばりすぎなくてもいいからね。ほどほどで」
「名前ちゃんつめたいなあ。応援してくれないの?」
「してるって。でも頑張りすぎてまた学校来れなくなっても本末転倒だから、頑張りすぎなくてもいいし、逃げてもいいから」

苦笑しながらなだめるように美織の頭を撫でてみる。
誰かと過ごす特別な夏の長野の綺麗な思い出を、美織はくれた。それはとても久しぶりで。とても感謝している。
彼女と友人になってからというもの、もう既にたくさんのことに気付かせられていた。
わたしがもう繕わずに生きてもいいのかもしれないということ。友達が欲しかったこと。友達と話すと、心が温かくなること。

息苦しい空間である教室にまた通うということに、どれほどの勇気が必要だっただろう。前より明るさのみえる彼女の勇気の源の一部に、わたしと親しくなったからという理由があったらいい。

「名前ちゃんと仲良くなれてよかった。あのとき保健室にきてくれて、ありがとう。すごく嬉しかったの」
「いきなり、どうしたの‥」
「実はおばあちゃん、この秋に入院することが決まっててね。手術することになったんだ」
「えっ」
「絶対帰ってきてくれるって信じてるけど!だからおばあちゃんにもありがとうっていっぱい言ってたでしょ?おばあちゃんすごく喜んでたから、名前ちゃんにも言わなきゃって思った。言える時に!」

こういった素直さを、ひとはどこに忘れてきてしまうのだろう。

『名前!』

ずっとずっと、わたしは過去に囚われたままだ。どれだけ会いたいと願っても会えない。大好きだったシャツにも、家族にも、友達にも、もう会えない。探し回ってもどこにもいない。彼らはわたしの名前を、もう呼んではくれない。
でももし逢えたら、まずはありがとうと言いたい。こんなわたしでも傍にいてくれたこと。
大切で、いなくなって初めて。
こんなにも大切だったことに気付いたことを。


「美織ちゃん...わたしのほうこそ、ありがとう」

そしてこの世界でも、わたしの傍にいてくれるひとを、わたしは大切にしなければいけないのかもしれない。

どうしてここにいるのか、その意味を未だに見出すことは出来ずにいる。

それでも、彼女のようにわたしに感謝してくれる人がいるのなら。それがわたしの、ここにいて生きている意味になるのだろうと思った。

優しい人になりたかった。

わたしは少しでも、シャツのようになれているだろうか。