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あとで写真の整理をするのが大変そうだと、息を吐きながら画面をスクロールした。連写しすぎた気がする。
立海の選手を中心に、漫画で見知っていた人物を見るとすぐにカメラを構えて撮影してしまった。
どれだけ凄かろうとプロの世界でもないので大仰なカメラを構えている人は周りに居なく、周囲から不審がられて居心地悪く思いながら、ネットに写真をあげるわけではないから写真を撮るのを許してほしいとひとり心の中で懺悔を唱えていた。
そしてリモートと三脚を持ってこなかったことを心の底から後悔している。

熱中して写真を撮っていたせいか、喉の渇きを感じた。一旦何か飲み物でも買おうかとカメラケースにカメラを収納していた時、こちらに向かってくる青年二人を視界に捉えた。
乾と大石だ。
二人ともこちらを見ている。特に乾は、曇ったレンズの向こうから、わたしのカメラに視線を向けている。
自意識過剰と言われても構わない。なんとなく嫌な予感がした。話しかけられてもどうにも出来ない、と思い小心者のわたしが選択することはひとつ、逃げることだ。
その長いコンパスの足に追いつかれる前に慌ててカメラをしまいこむと、足をもつらせながらも荷物を抱えて逃げる。変な姿勢で座っていたからか、足裏が痺れるように痛んだ。
後ろを一瞬見ると乾が音も立てずに近くの距離にいる。さっきはもっと遠かったのに。恐怖でしかなかった。
ひ、と喉奥から震える声を放ち逃げ惑うも、建物内の自販機エリアの手前で捕まった。

「どうして逃げる」
「み、見られてたので‥」
「ずっと選手の写真を撮っていたな?単刀直入に言おう。写真を売ってくれないだろうか」
「いやです‥」

ふるふる首を左右に振って縮こまる。掴まれた二の腕に恐怖を感じて、カメラを抱えなおした。売るために写真を撮っていたわけじゃない。SNSで拡散するでもない。
わたしの自己満足の写真を、誰かに見せたりあげたりするつもりはなかった。

「ねえ、何してるの」

それはいつもより低い声。
スポーツドリンクを片手に仁王立ちしているのは幸村だった。声にも顔にも怒りが滲んでいる。美人が怒ると恐ろしいというのは本当だった。わたしは更に縮こまる。

「立海大付属中二年、神の子ーーーーーーーーー幸村精市。知り合いなのか」
「何なの、急に。知り合いだったら?彼女を離してくれる?すごく不愉快だよ」
「それはすまなかった」

ふ、と篭るような笑みとともに離れていく手。幸村にも若干恐怖を感じつつ、巣穴に帰る動物のように幸村の背に隠れた。乾の背後に追いついてきた大石が息を切らしながらも顔を青くして、「乾、何をしたんだ」と問い詰めている。

「特に何もしていないさ。お願いをしたくらいだ」
「いやお前‥うちの部員が何かしたようで申し訳ない」
「何もしていないと言って」
「うちの学生にちょっかいはかけないでくれ」

乾の言葉を遮って幸村はそう言いきると、わたしの手首を力強く引っ張る。一瞬乾を振り返ると、うっすらと笑いながら彼はビデオカメラを見せてきた。どうせ試合中も今も、ビデオを回しているということだろう。それなら写真もいらないだろうに、どんな情報でも網羅したいということなんだろうか。その探究心には恐れ入る。