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立海生がうじゃうじゃといるあたりに連れて来られると、刺さるような多くの視線を感じた。幸村精市は有名人なのだ。
反対にわたしは存在感が希薄で目立つことに全く慣れていないため、身の置き場がないように感じられて居た堪れない。

「今日どうしてきたの?」
幸村はどこか不満げな表情でそういって。
「え‥気が向いて‥」

幸村に詰問される謂れはないのだが、だいぶ年下のはずの青年のきつい声に小さくそう答える。
ふうん、と幸村は胡乱げに頷いた。

「そのカメラは?」
「写真撮るの、趣味だから‥」
「俺のことも撮ってたの」
「そう、‥だね‥嫌だったら消すよ」
「べつに。横流ししなければ何だって構わないけど。取り敢えず、大会終わるまでここにいなよ。また絡まれたら困るでしょ」

疲れたように、どこかもどかしそうに首を振った幸村は背を向けてコートの方向に走り去る。ひらりと上着の裾が揺れた。
漫画ではよく知ってはいたものの、今の彼のことはよく知らないし、よく分からない。分かりたいともあまり思わないのは、わたしが臆病だからだ。忘れられるのがつらいから。
そしてこうして注目されるのも苦手でしかなかった。
立海の応援席は当然平部員も多くいた。
平生徒の一人でしかなく友達と一緒に来ているわけでもないわたしには居心地が悪すぎる空間だ。
また乾に絡まれたら困るのは百も承知の上だが、ここにいても誰かに絡まれそうで嫌だった。他のブースに行こうと半分立ち上がりかけると、わたしの目の前に人影が立つ。
暗めの赤の髪、ガムをふうと膨らませながら、彼はわたしを見下ろす。ジロジロと音が出ていそうな、不躾なまでの視線はなんだか懐かしくて、笑みがこぼれそうになった。記憶をなくすたび、彼はこうしてわたしを見るから。

「おまえ、幸村くんの知り合い?立海のひと?」
「うん」

ぱん、とフーセンガムが弾けて、それをくちゃりと丸井は噛み直す。

「まあ、ここにいれば。なんで立海生なのに他のとこいたんだよ」
「それはまあ、そうだね」

至近距離で写真を撮るのもなんだか嫌だったの、と言い訳しようかと思って迷う。
素直に思ったことを言っていい。繕わなくてもいいとはわかっているのだが、彼と別段会話を続けたいとも今は思えなくて。
どんなことを言えば彼は笑うのか、どう反応を返すのか、元々友達だったのだから予想もつく。

また彼に、忘れられるのがわたしも嫌なのかもしれない。どうせ忘れられるのだからという諦めが混ざってしまうのだ。
友達に忘れられるのは何度繰り返しても苦しくて、悲しいことだったから。初めて丸井に忘れられたときのことがフラッシュバックするように思い出された。

黙り込んだわたしに丸井はすぐに興味をなくし、ジャッカルがいる方向へと歩いて行った。そこには柳生や仁王もいて、わたしはどこか痛みを堪えるように目を閉じた。