41
最初に友達に存在を忘れられたときは、子供は飽き性だからゲームか何かでもやっているのかと思っていた。
それが数回目になって、わたしはようやく、他人に忘れられてしまう体質なのだと理解した。

しかし何度忘れられても友達を作らないということもなく、また流れに任せて新しいクラスでどこかのグループに属しては、新しく出来た数少ない友達に忘れられることを繰り返してきた。

何度だって、毎回悲しかった。自分の存在を忘れられてしまうたびにもとの人生への執着が強くなっていくと同時に、また忘れられてしまったと、その子との思い出をわたしだけが静かに振り返る。

忘れられてしまうこと、それがなぜなのかはよくわからない。元からわたしはこの世界の住人ではないからなのかもしれない。

わたしのあの一生は夢や幻想ではないのだから。死んだ自覚もないまま終わった人生だからこそ、今でも執着してしまう。
幸せだった、帰りたいと。

だが、それもやや薄れてきたと感じていた。美織が明るくなったことで、ここに生まれた意味を感じられたからだった。美織がわたしを肯定してくれたからだ。



「えっと、.....お、おは、.....おはよう」

どうして。まだ知り合って、一年経っていないのに。

ああ、わたしは。まだ慣れない。覚悟が足りなかった。

夏休みも終わり、始業式の明日は頑張って教室に行くという連絡を昨日もらったばかりだった。
石田美織の顔にはわかりやすい動揺が浮かんでいた。その顔を見て、わたしは自分が忘れられてしまったことがわかった。何度も見てきた顔だったから。
誰だろう、でも挨拶をしてくれたから返さなきゃ...彼女がそう思っているのがありありと感じ取れて。わたしも動揺して、表情を繕う。

「ごめんなさい...人違い、しちゃったみたい」
「そ、う、ですか」

ぎこちなく美織は笑って、わたしは悲しみを押し殺すように少しだけ微笑んで見せる。忘れられるのはだいたい一年周期で、だからまだ覚悟はしていなかった。
慌てて美織を追い越した通学路で、わたしは懸命に唇を噛みしめる。
彼女と出会ってから今までは短い期間だった。でも美織とは放課後色んなことを話したし、彼女はわたしを信頼してくれた。わたしも色んなことを話した。彼女の悲しみや弱さも共有してきたつもりだった。
一緒に過ごした時間は短くとも、大好きな友達だった。
名前で呼んでほしいと言ってもらえて嬉しかった。長野に一緒に行けて嬉しかった。
わたしはどこかで、以前の人生のわたしと彼女の状況を重ね合わせてもいたけれど。美織と友人になれてよかった。

どうして忘れられてしまうんだろう。わたしはそんなに悪いことをしただろうか。
記憶を奪うのは誰なんだろう。神様がいるなら教えてほしかった。

ねえ、どうしたら忘れられなくなるの。わからない。シャツ、たすけて。
もうどこにもいないのに。
あんな風にわたしを助けてくれたあのひとは。

ここで生きる意味は、わたしが見つけるしかないのだから。

「おはよう、名前ちゃん‥どうしたの?目、赤いよ」
「おは、よう。夏休み明けだから、眠くて‥」

同じクラスの、同じグループにいる女子が話しかけてくる。
夏休み、美織とは遊んでこの子とは遊ばなかったし、あまり連絡もとらなかったのに、彼女はわたしを覚えていて美織はわたしを忘れてしまった。この違いは、何なんだろう。

もう何も考えたくなかった。