03


「...ッ...さんっ」

そろそろ高校最寄りの駅改札という帰路の途中で、スクールバッグが掴まれた感触があった。振り返ると、あの鳳くんがいて内心焦る。え、なんでだ。何故イケメンに話しかけられておるのだ。

「苗字さん、ペンケース忘れてる」
「...あれ」

そういえば視聴覚室で机の引き出しに入れっぱなしだったかもなあ...ということを思い出し、愛用中のエナメルのペンケースを受け取る。結構角がぼろぼろだから何だか恥ずかしい。鳳くんの手の中にあると随分と小さく見えるそれ。

「あ、ありがとう鳳君。よく気が付いたね?」

眩しいよイケメン眩しいよ...と思いながらも勇気をもって話しかけてみれば、見上げたイケメンはやはりまぶしく微笑んだ。うわあ、やっぱり背ェたっか...。かっこよ...。近くで見ても粗がない。まぶしい...尊い...。

「集まり終わった後軽く掃除しろって先生に言われちゃってさ。それで机の引き出しの中見たらこれが入ってたから、もしかして苗字さんのかなって」
「あはは...ありがとう。でも移動教室であの教室使ってる誰かのだったかもなのに...」
「あ...それ考えてなかった」

爽やかに、しかしどこか困ったように頬を掻くイケメン。なんて目の保養なんだろう。イケメンは相当焦って走ってきたらしく汗をかいていて、髪が額に張り付いていた。
畏れ多くもハンカチをお貸しいたしましょうか、と思ったけどやめる。ポケットに入ってるハンカチ2日前から入れっぱなしだし、今日トイレの後で手拭いたし、ダメよ使用済みなんて。

(ていうか苗字さんって、よく名前覚えられたなあ。あの短時間で。各クラス二人もいたのに。それに)

「あの...鳳君私が電車通学だってよく知ってたね。それともわざわざ届けに走ってきてくれた?」
「ん?ああ、最寄り駅、苗字さんと一緒だよ。見かけたことあるから知ってた。ご近所さんじゃないかな」

なんとイケメンは私の顔を存じてくださっていたらしい。奇跡かよ。むしろ私が今まで知らなくてスイマセンって土下座したい気分だわ。
こんなイケメンと同じ駅を使っていたのに今まで知らなかったなんて。損しかしてない。辛い。

ここで本当に土下座するとドン引かれそうだったので「そうなんだーありがとう」とにこやかにほほ笑むだけに済ませておいた。
グッジョブ...私の理性。

「帰りここから一緒だから、よかったら一緒に帰らない?」

瞬間、私はただひたすら普段信仰してもいない神に感謝した。なんとイケメンは一緒に最寄り駅までお付き合いしてくださるらしい。
まだお酒は飲めないけど祝杯をあげたいほど嬉しい。今日は全力でツイているかもしれない。面倒だねだるいね...なんて高梨君と委員会の愚痴を言っていたことさえ忘れそうだ。そんなものは帳消しですよ。
奇跡オブ奇跡。今日という日をわすれない。



時間が時間なだけに空いている車内、隣同士の座席に座ると鳳君はなんだかいい匂いがした。やだイケメンこわい。
私を角席に座らせてくれるあたりも紳士的...いや流石にこれは鳳君じゃなくてもしてくれるかしら...。
医務室で治療された彼の左腕のガーゼが私の位置からだと少しだけ見えて、怪我大丈夫?と会話を振ってみる。

「ああ、うん。ちょっとこけちゃってさ」

恥ずかしいね、と言う鳳君は怪我をしてさえ爽やかです。はあ、かっこよ。なんなの。
大き目のガーゼは鳳君がつけていると何だか可愛く見える。

「なんか、ガーゼに落書きしてある?」
「あはは...部活の人たちに勝手に書かれて」

(長太郎のマヌケ)(下剋上には程遠い)(アホちゃう)

たまに冬場ホッカイロに落書きする女子がいるけど、こういうの男の子もするんだなあ。
力の具合が分からなかったのかガーゼにひどく油性マジックが滲んでいる。
みんな男の子らしい武骨な文字だったけれど、そこから鳳君に対するそこはかとない愛情を感じる。テニス部、なんて仲良しなんだ。

「うちのテニス部はみんな強いからね...たまにギクシャクするけど、それでも部活は気に入ってるんだ。
あと副委員長になっちゃってからで申し訳ないんだけど...結構部活が忙しくて、委員会あんまり出られないかも」
「あ、そうなんだ!?いいって、私に謝らなくても!ね!」

ごめんね、と申し訳なさそうに眉を垂らすイケメンは人望までも厚いらしい。
テニス部で忙しいってみんな分かっていて選ばれているのだから、流されてコイツに任しときゃいいだろ...な私とはワケが違う。
2学期は行事も多くてクラスの団結力みたいなものが大切になってくることも多いし、副委員長がこんなイケメンで「頑張ろう」なんて言われようものなら頑張れる気がする。
クソ、E組が羨ましい。

ぷるぷる慌てて首を振ったせいで、私の二つ縛りにしている胸元までの長い髪が揺れて、鳳君の腕に触れたようだった。
彼が細いけれど男の子らしい節の出ている指を伸ばして、私の髪の先に触れる。
掴まれたその髪の先に神経が通っているみたいに、ぶる、とひとりでに背筋が震えた。

「髪...綺麗だね」

私の髪の毛なんて、大した手入れをしているわけでもなく枝毛だらけだと思うのに、鳳君はそう呟く。
まるで大切なものに触れるようにそっと髪の表面を撫でられて、脳ミソが爆発しそうだ。
顔の表面も発火しそうに熱くて真っ赤なのがわかる。ちょっと待ってイケメンにこんな扱いされたこと無いよ。え、触られてる!わたし!イケメンに!大事っぽく触られてます!
ふと鳳君がそこから視線を離して私の顔面を見て、嬉しそうにふわっと微笑んだ。

「顔真っ赤だよ...苗字さん」
「...ッ...な、な...慣れてない...くらっ」

パニックに陥りつつもふーふーと鼻息を荒く吐き出すと、鳳君は面白そうにくすくすと笑っている。
遊ばれている。完全にイケメンに弄ばれている。

「可愛い」

ご尊顔が耳元まで近づき、形のいい薄い唇が私にそう囁いてドカン!と今度こそ憤死した。
くらくらと視界も定まらず死にそうな私の頬に、その唇が触れたような気がした。


優しく壊れ物でも触るような力で私の手首を掴む鳳君は、最寄り駅のホームに降りると私の前に立ち頬にそっと触れてきた。
切れ長の優しい目は、それでいて私に視線をそらすことを許してはくれない。

「ね......苗字さん。オレと付き合おう?」

その唇が触れるまで数センチという近さで私は慌ててこくこくと頷いた。頷かざるを得なかった。
やった、と嬉しそうに笑ったイケメンはそっと私を抱きしめ、頬を私の頭上に擦り付けている。

ねえ...どういう状況なの、コレ。


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