04


「うわあああああ尻軽すぎるうううううああああああ」
「ねえちょっとウルサイ」

苗字名前、16歳夏の終わり。待ち望んでいた?春が来ました。
もし、もしよ結婚したら鳳名前かあ、なかなかいい響きですね。なんせ苗字が超がつくほどかっこいいし...。



じゃないわボケ!!!



「ママ...わたし...尻軽になってしまいました...」
「やっと処女もらってくれる人見つけたの?よかったわね明日お赤飯炊いてあげるわ」

氷帝に通わせてもらってはいるものの、我が家はごく一般の家庭だ。
年季の入ったクッションに顔をうずめていればパキン、とお母さんがせんべいをかじる小気味いい音がする。
マジかよ母さんそんな調子でええんか...娘の一大事なんだぜ...。

「処女簡単に奪われてしまったらどうしよう...本当に私ってば尻軽だわ...」
「あんたの処女なんて大した価値ないわよ、大丈夫」
「...ねえパパの前でそういう会話するのやめて...。あと処女は大切にしなさいね名前....」

お父さんは悲壮感漂う目で私を見てきた。ありがとうパパ...。

あんなイケメンに告白されてしかもキスされそうな距離感で思わず頷いてしまったものの、彼とは今日初めて話したのだ。何度思い返しても初めてだ。
鳳君は以前から私の顔は知っているようだったけれど、彼が私の名前を知ったり話したのは彼にとっても今日が初めてだったはずで、私に至っては彼の名前しか知らなかった。
いいのかそんなお付き合い。いやよくない。

だって私は、恋愛経験値がゼロの女で、鳳君はあのスペック高い顔面をお持ちだからそりゃあお付き合いしたことなんて指折り数えられないくらいあるかもしれないわけで。
女子力偏差値で言えば30あたりを彷徨っているかもしれない女でも、一応はじめてのお付き合いに理想が無いわけではない。
今の時期になっても特定の好きな人なんていないけれど、お互いが好きでなんとなく意識しあって告白して...なんて少女漫画のような流れがずっと一番理想だった。
お互いがお互いを大切にできると確信しあった上で付き合える関係が良かった。まあそんなものは所詮理想だとわかっているけれど。

これはなかろう...。

「それなのにいいいいいああああああ」
「ちょっと、これ以上騒ぐなら外に放り出すわよ」

クッションにぐりぐりと顔を押し付け叫ぶ私の頭上に鋭い目線が浴びせられているのを感じる。
我が家のリビングでくらい叫ばせてよママ...。

知り合った人と当日お付き合いって、身元がきちんと割れてるだけでナンパとそう変わりないと思うのは、私がお堅いせいだろうか。まあそうだよね、そうだけど!
ああ....いくらイケメンだからって...。思い返せば髪に触れられたりあんなに顔面近づけられたり、イケメンじゃなかったらハエを叩き落とす勢いでぶん殴っている。
いくら流されやすいからってこれでいいのか。いや絶対によくない。絶対にだ。

部屋着のポケットから携帯を取り出して、今日登録されたばかりの真新しい名前にメッセージを送る。
既に「今日はありがとう」なんていう彼から送られてきていた甘いセリフは無視をすることに決めた。
今行動しないと後悔する気がした。私はきっとこのままズルズル流されてしまう。自分の処女は自分で守ろう。処女大事。

【今日は送ってくれてありがとう。でもやっぱりお付き合いは考えさせてください】

はあー...と深呼吸しているとすぐに既読がついた。

【どうして?やっぱりオレのこと、嫌いかな?】
【嫌いっていうか...だって知り合ったばかりだし】

嫌いになれるわけないさ、あの顔面でな...。背も高いし、優しそうだし、やっぱりかっこいいし、声も素敵だし。ヤバイいいところしか浮かばない怖い。

【じゃあ、お試しでいいから付き合わない?】

ぽん、とすぐ来た返信がこれだ。

今日知り合ったばかりの女にこんなセリフ言う!?普通。優しい感じのオーラを出しているけど、やっぱり軽い人なのかな。そうは見えないけど。
そんなに私にこだわる理由がまったくもって分からない。顔面か?いやいや調子に乗れるような顔面してないよ。普通の極みじゃんね...。

【お願いします】
【一度明日きちんと話そう】

けれどそう続けて言われてしまえば、やはり私は流されてしまう。会いたくないわけじゃないけど、あの顔面を見て思ったことを強く言えるかは謎だった。

でも会わないでお断りするのも失礼な気がして、一度だけ会ってきちんとお断りしようと決意して【うん、わかった】と返事を打った。


結論から言えば、私は案の定ガッツリ流された。

「おはよう、苗字さん」

朝のホーム。最寄り駅が同じ私たちはそこで待ち合わせをした。
爽やかイケメンは朝から本当に爽やかで、朝日を浴びてさえ非常に眩しく・・・。
鳳君のことを考えていたせいで、私は例の視線と言うかじっとりとした気持ち悪さを気にする余裕が全くなかった。
そして鳳君は意外と押しが強く、その綺麗な顔面を近づけて「ねえ...昨日の話だけど。やっぱりダメかな?」と問う。
ゆるりと視線があって、その縋るような、雨の日の子犬のような目つきにぐ、と喉が鳴る。

「ほら...あの...だって」
「だって...?」
「ち、ちかい...近いよ鳳君」
「苗字さんの顔をもっと見ていたくて。ごめんね」
「見えるよ!もう少し離れてもちゃんと見えるよ!」

距離の近さに顔を背け思わず目を瞑りながらそう叫ぶと鳳君は「可愛いね」と頬にすっとキスしてくる。くらくらした。ほんと...どうなってんの。
あれ、私って凡人だったよね...?ここ少女漫画の世界だっけ?

「か、軽いよ鳳君!ほ、ほっぺにちゅうは、はははハードルが高いんだよ...!」
「そうかな。可愛いからつい。それにオレそんなに女子とおつきあいとか、したことないよ?だからハードル高くないんじゃないかな」
「そんなに、って!私なんか一度も無いよ!」
「うん、そうなら嬉しいし、オレもそうだよ」

え、その顔面と高身長というスペックを持ちながらまじか。
ふわふわと嬉しそうに笑う鳳君の顔面にもう...本当に死ねる気分だった。かっこいいよこの人...。何なんだよもう...。
顔面だけで全てが許せそうなくらい好みだった。このひとの初彼女になるのか...私が!?


「あの、ね!鳳君は逆に一体私のどこがそんなにいいの」
「ううん...何だろう。でもすごく好きだよ」
「好き!?は!?罰ゲームでもやってて言わされてるの?怒らないから言って」
「ひどいな」

くすくすと笑って恥ずかしげもなくそう口にできる人。

「嘘じゃないよ。だから、お試しでいいから付き合おう?」

向けられた百倍増しの笑顔に、私は当然のように人形のようにこくこく頷くしかなかった。

やっぱりイケメンこわい...。


前へ次へ