07


「でもさー、話聞いてる限りだと相当やばいよね」
「何が?」

日名子は呆れたようにして私の携帯を覗きこむ。

「いや、そのメッセージの量もどう考えても異常よ」

鳳君じゃなかったら許されざる罪ね、と彼女は溜息をつく。

「...そうかな?」
「はあ?付き合いが初めてだからって浮かれ過ぎじゃない?付き合いたてでもちょっと、って思うけど」

まああんなにイケメンだもの仕方ないわよね、全部スクショして送ってくれてもいいのよ...なんて周りの友人たちは私に囁いた。
長太郎は脳内乙女ゲームの攻略対象と化しているようで、みんな私から情報を聞き出してはそれが自分だったら...と置き換え楽しんでいるようなのだ。
さすが女子。

―――――――冷静になってラインの画面を見てみる。
朝はおはよう。家を出るときに今から出るね。今日もいい天気だね。天気予報だと午後から雨らしいよ。
学校について別れてからは勉強頑張ろうね。休み時間ごとに授業内容の報告をし、長太郎は教室の外まで会いにくる。たった3分くらいしか話せないのに。
お昼休みは迎えに来てくれて一緒にご飯を食べる。
夕方は今から部活だよ。今日は普通に帰るのかな?気を付けてね。そろそろ寒くなるし風邪ひかないようにね。そして部活の報告と他愛もない話からおやすみまで。
まるで花王の提供ばりの細かさではあった。ものすごく刻んでメッセージが来る。ちょっとしたことですぐメッセージ。
こんなに他人からラインをもらったことがなかった私は戸惑いながらも大した返信は出来ていない。
そして彼氏彼女ってこんなもんなのかなあ...と思っていたけど、冷静に考えると多いような気がする。

「苗字さんちょっと」

ちょいちょいと高梨君に指先で呼ばれて彼の席に近寄る。
今度の体育祭の学級委員の役割分担についてで、ふんふんと頷きながら話を聞く。
体育祭の後にはすぐに文化祭も控えているし、これから忙しくなるかもしれない。
体育祭実行委員でも文化祭実行委員でもないから大した仕事はしないけれど、お手伝い的な仕事はどうしても存在する。仕方ないね、クラス委員だから。

―――――――ぞわ、と背中にあの感覚がよぎった。

寒気がするような泣きたくなるようなあの感覚。
こわごわと振り向けば、廊下に―――――――長太郎が立っていた。

ただ、じっと凪いだ目で見ている。ただただ彼は私を見ていた。
見ているだけ。そこに何か感情が込められているわけでもなく、ただ見ている。

「.....ッっ....」
「苗字さん?聞いてる?」
「....き.......て......る」

ひゅう、と浅く息を吸い込みながら無理やり視線をそらして高梨君をみると、とてつもなく安心した。
なんだろう....なんだろう、アレ。


なに?いまの?





「....ねえ、長太郎って休み時間いつも来てるよね....。疲れない?」
「別に疲れないよ?....今、高梨君と何話してたの?」

ちゅ、と頬に甘いキスを落とすのはいつもの長太郎で、ここが廊下だということも忘れてしまいそうなくらいの通常運転でなんだか....すごくほっとした。
あれは私の気の迷いか何かだったのだと、あまりにもあの毎朝の感覚を忘れすぎていたから何故か感じてしまったのだと、そう思うことが出来た。

「え、とね。体育祭の役割分担についてだよ....長太郎も何か言われた?」
「オレも手伝ってとは言われてるよ。まあただの手伝いだからそんなに仕事量無さそうで、よかったね」
「うん、そうだね...てくすぐったいし、廊下だよ...長太郎」
「んー....」

ずるずると廊下の端の影のほの暗いスペースまで連れてこられる。長太郎はぎゅう、と強くぬいぐるみを抱きしめるように私をただ抱きしめていた。

「ちょうたろう?」
「ねえ...オレのこと...好きだよね?」
「....え?」

いつも優しくて穏やかで、かっこいい長太郎が不安そうにそんなことを言う。
長太郎って本当に私のことが好きなんだな....と分かっていたはずの事実を再確認して頬がさっと赤くなった。
やっぱり今まで好きと言わなかったせいで、不安にさせてしまっていたのだ。こんなイケメンとお付き合いで来ているだけで幸せだというのに、私がちゃんとしなければ。

「うん、....す、好きだよ。長太郎」
「うん....オレも、大好きだよ....」





「鳳には気を付けろ」

すれ違いざまに言われたのはそんな一言で。

「ッひよぴぴっ何それどういうことっ」
「うわっ引っ張るな」


日吉君のジャージの袖を引っ張ると、彼はあからさまに面倒な顔をした。
日吉若君のことは前から知っていた。あの跡部様から強豪のテニス部を任された同級生。
放課後のグラウンド周辺には運動部の声が響く。
彼はさらさらとした茶色の前髪の隙間から、鋭い視線をのぞかせた。

「長太郎に気を付けろって、言わなかった?」
「オレは忠告したからな」
「ねえ、ちょっと!」
「伸びるだろういい加減離せ」

ぐいぐいとジャージを引っ張り続けていると、日吉君は溜息をつく。
彼もイケメンではあるのだけど、とても不愛想だ。

「鳳が壊れてることはお前も分かっているだろう」
「壊れて」
「本来のアイツはあんな、いつも携帯を手放せないような奴じゃない。中学でずっと一緒だったんだ。今のアイツは異常だ」

日名子からも長太郎は異常だと言われたことを思い出し、顔が歪む。
長太郎にはいろんな顔がある。いつも見せてくれる穏やかで優しい甘い顔以外にも。
好きで見ているから私にもわかってきた。周りにもとにかく親切で、たまに汚れ役をかぶってしまうような人なのに。
ふいに見せてくる無表情、手首を握ってくる手の温度。

彼にはいろんな顔がある。多分、私の知らない顔も。

―――――――ぞわぞわとまた悪寒が背中を走る。
なにか感じたのか、目の前の日吉君も顔を顰めた。

「ねえ、二人とも。ここで何してるの?」

いつの間にか背後にいた長太郎は穏やかな笑っていない顔で、私の、日吉君のジャージを掴む手を見ている。

「ねえ」
「苗字、離せ」
「........ッ」
「鳳。そんな目で見るな。こいつは」
「名前さん、こっちにおいで」

おいで、と彼はやさしく言いながらも、日吉君のジャージを離せなかった私の手を絡めとるように長太郎は掴んで、大きな体で後ろから私を抱きしめる。
冷たいネックレスの十字架のチャームが首筋に触れる。ひやり、と。

それは予感でしかなかった。


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