花のような笑顔
「"待ってくれ!!俺にはお前が必要なんだ!"」
「"違う!!貴方が必要なのは私じゃないわ!お願いだからもうついてこないで!"」
このビロードウェイはそこらじゃ有名な劇団が集まった場所。ほぼ毎日ストリートACTを見かける。ここを通る時はいつも顔を隠して通っていた。
もうあの世界から離れて数年経つ。自分から離れていったくせに未練がましくMANKAIカンパニーに縋って、挙句のあてには劇団を守るといってヒーロー気取りだ。私にそんなことする資格なんてないのに。苦しくて苦しくてたまらない。私は一体何をしているのだろうか。
なんて考えながら当てもなく歩いていたらいつの間にか河原に辿り着いていた。少し冷たい風が気持ちいい。穏やかに川が流れていて、そよ風に花が揺れている。そんな何気無い景色が美しいと感じだ。
「"おお、ロミオ。どうして貴方はロミオなの。"」
『!!』
有名なシェークスピアの作品の台詞が聞こえた。ぎこちなくて、でも何処か楽しそうな声。辺りを見渡せば、純粋でキラキラした瞳の男の子がとても楽しそうに演じていた。
「"名前がなんだというの?バラと呼ばれるあの花は…、"」
どうして今更思い出してしまうのだろうか。幼い頃、父が演じることの楽しさを教えてくれた。初めは楽しくて、演じることがただ楽しくて、それだけだった。いつからかそんな気持ちを何処かに失くした。演じることが苦しくて嫌になった。どれだけ演じても出口のない迷路に入ってしまったような感覚で怖かった。私はなんのために演じているのだろうと自分を見失っていたのだ。
「あの−−−−、」
『!!』
「大丈夫ですか?何処か痛むなら病院に…、」
いつの間にか泣いていたようだ。楽しそうに演じていた男の子が心配そうな顔で私のそばに歩いてくる。
『だ、大丈夫です…すみません!』
「あの、これ良かったら使ってください!あ、ちゃんと洗ってありますよ!」
『…!ありがとうございます…。』
男の子は桜がモチーフのハンカチを手渡してくれた。そのハンカチで溢れていた涙をそっと拭く。
『演劇…好きなんですか…?』
「はい!一度だけ演劇を見たことがあって、大好きになりました!」
『劇団に所属とかは…?』
「迷ってるんです。ある劇団が団員を募集していて…、でもこんな一時的な感情で入ったら劇団にも失礼かなって…、」
『あの、赤の他人の私が言えることではないんですけど…一時的な感情でも…きっと感じたことは本物だから大切にしたらいいと…私は思います…。演劇を見て感じたその気持ちを忘れないでください…。』
「…、」
『あっ、ごめん、なさい…無責任ですね…忘れてください…っ、』
ああもう嫌になる。何を偉そうに言っているのだろうか。私がどうこう言える立場じゃないのに。
「いえ!違うんです!!俺、感動しちゃって!ありがとうございます!!」
『え…?』
「なんだかこう…ズドン!って来ました!この気持ち大切にします。今、演劇に対する想いは本物だと思うから…!」
まるで花のような笑顔にまた泣きそうになってしまった。どうか、私のようにはならないでほしい。その気持ちをずっとずっと大切にしてほしいと強く願った。
『ハンカチ、洗って返します。またこちらに来られますか?』
「ええ!?そのままでいいですよ!」
『いえ、洗ってお返しさせてください。』
「すみません…。俺、佐久間咲也です!えっと、」
『かえで、立花かえでです。必ずハンカチお返しします。』
「じゃあ次会うときに受け取りますね!」
佐久間咲也君。花のような笑顔とキラキラした瞳の男の子。この出会いが私にとって大きなものだとは知らず、咲也君と別々の方向に歩き始めた。