人の気持ちも知らないで
『ん?』
今日の夕飯の買い出しを終え、寮に戻る道をぽてぽてと歩いていると、何となく視界がぼやぼやとして、何故か視界にゆっくりと空が見えてきた。なんだなんだ。なんて思っているうちに視界はもう日が暮れた夕空でいっぱいだった。そういえば体が重かったなぁ。なんて思っていると、背中を誰かに支えられる。
「大丈夫か!」
『さきょー…さん?こんばんは…。』
「バカ!こんばんはじゃねぇだろ!」
少し焦った表情の左京さんを見ることができるなんてレアだ。おっと、そんなことより早く自分で立たなければ。グッと足に力を入れようとするが何故か力が入らない。何となく頭もクラクラして気持ち悪い。
『立て…ない…?』
「お前バイト何連勤目だ。」
『?なんでそんなこと…、』
「いいから答えろ。」
『15…いや、16…ですかね…、』
「ちっ…、」
『きゃっ、左京さん!?』
ふわりとした浮遊感が襲う。なんとなく目線が高くなった。と言うか左京さんに横抱きにされたみたいだ。
『あの、重いので…っ、』
「黙ってろ。送ってやる。」
下から見上げてる形なので、特に顔がしっかりと見えるわけではないがなんとなく怒っている気がした。残念ながら全く理由がわからないので何も言えないのがとてももどかしい気持ちになる。左京さんは私を近くに停めてあった車に乗せて、すぐ発進させた。
『ご迷惑おかけしてすみません…。』
「………いつもそんなに連勤してんのか。」
『えっ、いや、最近は、です………。』
「……………。」
気まずい…。正直左京さんが何を考えているのかわからない。私は借金を返すために左京さんの子分(?)になったわけだけど、まだ四肢はあるし、無理難題を押し付けられるわけでもない。むしろとても優しくて、私の体調を気にしてくれている。もっと食えとか、もっと寝ろとか。それが申し訳なくて、自分の情けなさが身に染みる。
「もう少し減らせねぇのか。」
『そうですね、バイトの身なのでこれ以上減らしてしまうと…、やっぱりちゃんとした就職先を探さないとダメですね。この間変な人に、お話しするだけでお金もらえますよーって勧誘されちゃいましたよ。』
「あぁ!?」
『ひっ、こ、こ、断りました!!ちゃんと断りましたよ!?』
「当たり前だろうが!!その後は大丈夫だったのか!?」
『ど、どこかに連れていかれそうになりましたが通行人に助けられたので!!無事です!!』
「おい、何処のどいつだ。お前を連れて行こうなんざ…ぶっ殺す。」
『落ち着いてください!無事ですから!!』
何をそんなに怒ってるんですか左京さん。怖いから本当に落ち着いてほしい。ていうか左京さんが言うと何も冗談に聞こえない。
「……………もう待てねぇな。」
『?…何か言いました?』
「なんでもねぇよ。寮に着くまで寝てろ。」
『は、はい…。』
左京さんのお言葉に甘えて少しだけ寝ることにした。寝ないとどうたらこうたら言われてしまうだろうし。目を閉じると瞬く間に眠りについた。
「お前が犠牲になってまで守る必要はねぇだろ…、もういいじゃねぇか…。」
そんな左京の呟きは、すでに夢の中にいるかえでには聞こえているはずもなかった。