イージーモード

『何がいいかな…、』

コンビニの陳列棚と睨めっこして10分。稽古場を去った後、稽古を終えた団員の差し入れを買うためにコンビニを訪れたが、皆に差し入れするのは何がいいだろうか。

『やっぱり甘い物かなぁ…。』

私はシュークリームやエクレアを手に取りカゴに入れた。一見、一人で多くのデザートを食べるような図になってしまったいるが、違うことをわかってほしい。店員さんに伝わるわけないけど。

『あ、絆創膏と湿布きれてたかも。』

私はカゴに絆創膏と湿布を3箱ずつ入れて、お会計を済ませた。コンビニを出ると少し涼しい風を感じることが出来た。帰るの気まずいなぁ。

「おらっ!!」

「うっ…、」

『!!』

コンビニを出ると何やら嫌な音が聞こえてきた。人を殴るような、そんな音。その音はコンビニの裏から聞こえてくる。そろりと近づき、死角から裏を覗くと一人の男子高生の足元に三人の男子高生が倒れていた。

見た感じ3対1なのに立っている男の子はほぼ無傷だった。倒れている3人を見下すように笑っている姿は正直ゾッとした。無傷の男の子は一番近くにいた男の子をもう一度蹴ってその場を立ち去った。

どうしよう、大丈夫かな。でも近くに行くのは怖い。人を呼んだ方がいい…?いや、余計なことはしない方がいいよね。

『そうだ!』

私はレジ袋の中を探り、絆創膏を1箱取り出し、ぽいっと男の子達の方に投げた。

「あ?なんだこれ。」

「絆創膏…?」

薄情者でごめんなさい。是非その絆創膏を使ってください。そんなことを心の中で思いながら私はその場から逃げるように立ち去った。

***

本当に殴り合いの喧嘩なんてあるんだなぁ。なんて思いながら、寮に帰っていると、途中の公園でさっきの無傷の男の子がベンチに座っているのを見かけた。

「ってえな。」

『!』

男の子は制服のシャツを捲り上げ、少し筋肉質のお腹を露わにしている。そのお腹は青くなっていて、見ていて痛々しいと感じた。全然無傷じゃないではないか。見えないところにあんな傷…。私はもう一度レジ袋に手を入れて、次は湿布を取り出した。男の子の座っている位置から少し右の方を目掛けて湿布を投げたが、その湿布は私の意思に反して男の子一直線。男の子に当たってしまう…!そう思ったがその男の子は振り向いて湿布をキャッチする。

「あ?湿布…?」

ばちりと視線があった瞬間、男の子はとっても怖い顔をしていた。あ、殺される…。と思う前に身体は動いていて、すぐに公園から離れようと駆け出していた。

「おい待て!」

『ひっ、』

怖くて後ろが振り向けない。彼と一体どれほどの距離があるんだろう。逃げ切れるだろうか。捕まったら私も殴られてしまうのだろうか。

「捕まえた…!」

思ったよりも早く彼に腕を掴まれてしまった。ぎゅう、と握られる手は痛くて、先程の自分の行為を後悔した。

『あ、…あ、のっ、』

「てめぇさっきもあいつらになんか投げてやがったな。次は俺か?」

『っ、見…っ、』

「ああ?はっきり話せよ。」

ダメだ、こんな時にコミュニュケーション能力を培っておけばよかった。人と話すのは苦手。知らない人と話すのはもっと苦手。でも、だからと言って自分の気持ちを伝えることを諦めたくない。一言でもいいから、伝えたい。

『け…い…、』

「あ?」

『喧嘩は!!!いけません!!!!』

「はぁ!?」

『あの人達!!怪我してた!!絆創膏投げた!!貴方もお腹が青い!!湿布投げた!!ごめんなさい!!!』

「…、」

はぁ、はぁと息を切らし、男の子の顔を真っ直ぐに見た。男の子は驚いた表情をしていて、その顔を見て初めて自分の行動の恥ずかしさに気付いてしまった。こんな初対面の人に湿布を投げた上に大声で話すなんて普通の人じゃありえない。

『ごっ、ごめんなさ「ぶはっ…!」…!?』

男の子は驚いた表情を見せたかと思えば突然笑い始め、こちらはもう何が何だかわからない。正直もう一生分は叫んだと思っているし、出すものは出し切ったという感じなので、脱力感がとてつもない。

「くくっ…腹痛ぇ…っ、」

『あ、あの…?』

「あんたなんでそんな片言?コミュ障かよ。」

否めない…!否めないけど何もそんなはっきり言わなくても…!

『ひ、とと話すのが苦手なんです…、』

「最後の方声ちっさ。」

『放っておいてください…!湿布投げてすみませんでした!使わないなら捨ててもらって結構ですので…!さよなら!!!』

もういたたまれない気持ちになって吐き捨てるように言ってしまった。今なら左京さんに頭をぶち抜いてほしい。男の子に背を向けて走り出そうと思ったが、それは叶わなかった。振り向く前に男の子に腕を引かれたからだ。

「待てよ。」

『ひゃっ、』

グッと縮まる距離に心臓が飛び跳ねた。腰をがっつり掴まれて身動きが出来ない。整った顔立ちがあまりにも近くて反射的に涙が出てきた。顔も熱いしもう散々だ。

『離し、て…!』

「名前教えろよ。」

『……。』

「ふーん、」

名前を教えたくなくて口を噤んでいたが、それが気に食わなかったのか男の子はさらに腰を引いて距離を縮めた。もうほぼ密着してるし、むしろ息苦しい。

『っかえで!立花かえで!』

「最初からそう言えよ。」

『〜〜〜〜っ、』

なんだろうこの敗北感は。言っておくけど私の方が歳上なんだからね、とは残念ながら言えなかった。ふん、と余裕な表情を見せる彼に悔しさが募る。

「あんた生きるの下手くそだろ。」

『なっ、そ、そんなこと…な…くはないかもしれない…、』

「おーい、声ちっせーぞー。」

『もういいからっ…離して…!』

「へーへー。離せばいーんだろ。」

意外とあっさり離してくれた男の子。しかし、パッと離したその手には見覚えのあるスマホが握られていた。

『それっ、私のスマホ…!!』

「あんた隙ありすぎ。ちょっと待ってろよ。うわ、鍵くらいかけろよ危ねぇな。」

『うっ、それはやり方がわからなくて…、』

「はぁ!?どんだけ機械音痴なんだよ!まぁいいや。ほら、返す。」

『何したの…?』

「連絡先交換しておいた。じゃあな。」

ひらひらと手を振り自由気ままにこの場を離れようとする男の子。勝手に連絡先を交換されても困る。もういいや、後で消しておこう。そう思った矢先だった。ピロン、とLIMEの着信音が鳴る。メッセージを見ると知らない人からだった。

「<消したら殺す。>」

『ひえっ、』

思わず悲鳴をあげた。これ、絶対さっきの男の子だ。脅しとも言っていいメッセージに恐怖を覚える。

『せっ…つ、ばんり?』

要冷蔵のシュークリームとエクレアの存在を忘れ、私は摂津万里君の連絡先を消すか消さないかしばらく悩んでいたのだった。