温度差
寮へと帰ると、すでに稽古は終わっていた。雄三さんも帰っているみたいだが、どうも空気が重たい。いつもはたくさん食べる咲也君やシトロン君も全然ご飯を食べていない。
『お姉ちゃん、何があったの?』
こっそりお姉ちゃんに耳打ちすると、お姉ちゃんは困ったように笑った。どうやら雄三さんの指導は相当厳しいものだったらしく、真澄君でさえコテンパンにやられてしまったらしい。確かに昔から雄三さんの指導は厳しかった。何度か指導してもらった身としては一番よくわかってる。お姉ちゃんが心配なのはここから先らしい。これをきっかけに劇団が嫌になってしまっていないか心配みたいだ。
『皆…、』
しかし、その心配はなかったようだ。その日の夜、舞台で寝ている五人の姿が見られた。皆は皆なりにちゃんと舞台のことを考えてくれている。だったら私…私達もそれに応えなければならない。絶対成功させるんだ。
***
「皆、集まって。」
夜の稽古は皆、互いに支え合って通し練習を行っていた。どうなるかと思ったけど、皆の顔付きでもう大丈夫だと安心した。一つ気になることはあるけど…、
「雄三さんのアドバイスを受けて、それぞれが弱点を克服出来るように専用メニューを組んだから、明日の朝練から実践してほしいの。」
「専用メニュー…ですか?」
『はい、詳しくはこの紙に書いてあるから読んでね。』
専用メニューが書かれた紙を一人一人に手渡しした。真澄君に渡そうと思ったら、紙ではなく手を掴まれて、さすがに焦った。綴君が助けてくれたけど。
「俺はストリートACT…。」
『やっぱり落ち着いて演技をするには、慣れていくことが必要だと思うの。』
「落ち着いて視野が広がれば、観客や共演者の動き、色んなものが見えてくると思う。」
「俺は芝居を見ること?」
『真澄君は一つでもいいから好きな舞台を見つけてほしい。きっと芝居に興味を持つことが出来れば、もっと魅力的な演技ができるようになるよ。』
「あんた以外興味ない。」
『うーん、同じくらい興味を持てるものを見つけてほしいな。』
「だったら一つだけ…、」
そう言ってジッと私を見る真澄君。首をかしげるとすぐに目を逸らされてしまった。
そして綴君は他の脚本を読むこと、至さんは基礎練習、シトロン君は滑舌とイントネーションだ。それぞれの足りないところを専用メニューで練習して、伸ばしていってほしい。
「それじゃあ、皆、明日から改めて頑張ろう!」
「はい!」
「…、」
『至さん…ほんの少しだけお時間いただいていいですか…?』
「うん…、いいよ。」
稽古が終わり、至さんだけ稽古場に残ってもらった。こうやって二人で話すのは少し久しぶりかもしれない。
『至さん…悩んでることとかありませんか?』
「うーん、最近かえでさんと話す機会が減ったことかなぁ…。」
『そうですか…って真面目に答えてください!』
「ははっ…ごめんね。そうだなぁ、かえでさんは周りとの温度差って感じたことある?」
『周りとの温度差…ですか?』
「うん、例えば自分が熱くなっているものに対して周りが冷めてたり、逆に自分が冷めているものに周りが熱くなってる状況。」
『そうですね…、あります。』
「それってさ、結局価値観が違うんだと思うんだよね。周りが熱くなってるものに対して俺はそんなに熱くなれないんだ。そこまで熱くなれるのが俺にはわからない。」
遠くを見つめる至さんが考えていることを何となく察してしまった。そうか、至さんがここ最近浮かない顔をしていたのはきっと−−−、
『それは…至さんにとって価値は全くないものですか…?』
「どうだろ…最近はよくわからないかも。」
『だったら、価値が全くないものではないんですね。人の価値観はそれぞれだと思います…。熱くなれるものも冷めてしまうものも、人それぞれです。だけど、簡単に手放してしまうには惜しいと思います。もう少し…、もう少しだけ向き合ってみませんか…?』
「…そうだね、もう少し考えてみる。ありがとうかえでさん。」
『いえ…、』
決めるのは至さんだから、本来私が口を出すべきことではないと思う。それでもやっぱり、至さんには演じることの楽しさを知ってほしいと思った。