劇団やめるね

『今日はジュリアスとロミオのシーンを中心に稽古かなぁ。』

今日の稽古メニューを見ながら寮を歩いていると、早歩きで何処かへ向かうお姉ちゃんの姿を見かけた。

『どこ行くんだろ…。』

まぁいいか、と思いもうすぐ始まる稽古に備えて準備を進めた。しかしお姉ちゃんが気になって仕方がなかったので、思わずお姉ちゃんが向かった方へと行った。しばらく歩くと、バルコニーから誰かの声が聞こえた。お姉ちゃんと至さんの声だ。見つからないようにこっそり聞き耳をたてる。

「色々考えてみたんだけど、俺、劇団やめるね。」

「え!?」

『!?』

思わず手に握られた練習メニューを落としそうになった。心臓のあたりが抉られたような、そんな感覚がする。そうか、私はまた止められなかった。そう思ったら何かがこみ上げそうになって、グッと奥歯を噛み締めた。

「もともと、俺、浮いた家賃と食費をネトゲにつぎ込もうと思って、この劇団に入ったんだ。演劇にも興味はないけど、稽古に出て、脇役でもやるくらいならなんとなるかと思ってさ。」

「そんな理由だったんですか…。」

至さんが感じる温度差の意味がわかった。一生懸命頑張る咲也君達の中にやる気のない自分が入っても仕方がない、至さんはずっとそう思ってたんだ。今ならまだ代役が見つかるかもしれないタイミングで打ち明けてくれたのか。きっとこの劇団が本当にどうでもいいわけじゃないはずなのに。

「俺は咲也や綴みたいに、皆と打ち解けて一緒に頑張っていくことなんて出来ない。人と深く関わることが苦手なんだ。共同生活だって、あんまり好きじゃない。だから、咲也達みたいに全身全霊で舞台に打ち込むことなんて、きっと無理だ。」

「それが、本当の理由ですか?」

「このまま続けてみて、やっぱりダメだったら、皆にも迷惑がかかるだろう?」

「じゃあ、皆や公演がどうでもいいわけじゃないんですね。」

私が劇団を辞めた後、仲間達はどんな風に思ったんだろう。勝手な奴だと、思ったに違いない。私は何も言えない。言う資格がない。

至さんは結局少し待ってくれるらしい。それでも、続けてくれる保証はない。どうやったら至さんを引き止めることが出来るんだろう。せっかくここまでやってきたのに。

「監督さん、先に言っててくれる?俺、もう少しここにいるから。」

「はい、稽古には遅れないようお願いしますね?」

「うん、わかった。」

お姉ちゃんはバルコニーから去ったみたいだ。私も行かなきゃ…、行かなきゃいけないけど…、足が重い。まるで鉛がついたみたいだ。

「かえでさん。」

『!!…至さん…、』

「泣いてるかと思った。」

『っ泣きません…!まだ至さんが辞めるって決まったわけじゃないですからっ、』

「…ごめん。」

『どうして謝るんですか…っ、』

謝らないでください至さん。もう貴方の気持ちを変えることが出来ない気がしてしまうから。

「なんでだろ、かえでさんには謝りたくなった。」

『謝るくらいなら…っ、いえ、なんでもありません…稽古行きましょう…。』

「うん…。」

欲張りな言葉が出そうになり、喉で止めた。ダメなんだ、私は何も言う権利はない。引き止める権利も。

稽古では至さんのことはお姉ちゃんが全てメンバーに話した。もちろん皆驚いていた。真澄君は少し冷めていたけど。

「舞台にかける情熱は人それぞれです。比べてもしょうがありません。それよりも至さんが皆と舞台をやっていきたいかどうか、大事なのはそれだけです。」

「………。」

「どうですか?」

「……考えさせてくれ。」

「はい。もう一度、ゆっくり考えてみてください。」

「……。」

至さん本当に悩んでるんだ。やっぱり私はこのまま終わりたくない。至さんを諦めたくない。皆でこの舞台を成功させなきゃ意味がないの。ごめんなさい至さん、少しワガママになっていいですか?