行かないで
『皆、準備はいい?』
「はい!ばっちりです!」
「すぅ…、」
「真澄!起きろって!」
「ドキがムネムネダネー。」
「胸がドキドキな!!」
『あっ、来たよ!皆、打ち合わせ通りにね!』
至さん、私達にもう少しチャンスをください。もう少し、足掻かせてください。
「"待ってよ、お父さん!!"」
「…………は?」
「"お母さんと離婚するなんてウソだろ?"」
「何の真似だよ、真澄。」
「"お母さん泣いてたぜ?親父だって、本当は信じてるんだろ?"」
「"待ってて、オレ、お母さんを呼んでくるから!"」
「綴と咲也まで…。」
「"お母さん、お父さんが行っちゃうよ!ほら、引き留めないと!"」
「え、まさか監督かかえでさんが母親役?」
「"ぐすん、ぐすん……ワタシもスロット回すネ。ケーバで三連単当てるヨ…。"」
「まさかのシトロンか…!」
「"ほら、お母さん、何か言って…!"」
「"この子も悲しむネー。まだ5歳児ダヨ。」
「え…、」
『"パパっ…、"』
これが私の出来る精一杯の事だ。結局、私にはこれしかない。だから私は演じるの。今は5歳児の娘、甘えたがりでパパっ子で、泣き虫な子供だ。
『"パパ、どこいくの?ずっとママといっしょにいるよね…?"』
「"考え直せよ、親父。親父の酒癖悪いとこも、ギャンブル癖も、皆わかってるしさ。まだこいつも5歳なんだぜ?"」
「ひどいな、俺の設定。」
「"お母さんも全部わかった上で、お父さんも結婚したんだよ!?"」
「もしかして、ゲーム好きとかけた設定か…。」
「"お願いだから、出ていくなんて言わないでよ!"」
「"親父、考え直せって。"」
「"ぐすんぐすん…"」
「"オレ、これからもお父さんと一緒に暮らしたいよ!"」
『"パパっ、かえでをおいていかないで!』
お願い、伝わって。私達には貴方が必要なんです。これからもずっと貴方と一緒に舞台に立ちたい。行かないで、至さん−−−、
「ぷっ、あははは!」
『至さん…?』
「お前ら、バカすぎ。」
「昨日、皆で考えたんです。どうしたら至さんを引き留められるか…。俺たちが演技で至さんを本気にさせてみせます。一緒にやりたいって思ってもらえるように。だから、一緒に舞台に立ってください。俺たちのこと、信じてください!お願いします!」
咲也君は真っ直ぐに至さんを見据えていた。ここに来たばかりのあどけなさはもう何処にも無く、一人の劇団員として、ここに立っているんだ。
「咲也…すっかり座長っぽいな。」
「え?」
「わかったよ、とりあえずロミジュリまではやってみる。」
「本当ですか!?」
「ああ。」
「やったー!」
『………、』
「かえでさん?」
『"パパっ、大好きっ…!"』
「「「「「え、」」」」」
『え?…あ、』
時すでに遅し。私の脳と体はまだ演劇の途中であり、5歳児のパパっ子だった。気がつけば至さんに抱きつき、頬にキスをしてしまった。恐る恐る至さんを見れば、彼は心底楽しそうに笑っている。
「俺も好きだよ、かえでさん。」
「酷い、俺の前で、浮気するなんて、」
『ち、ちが、これはっ…ごめんなさいいいいいい!!!』
この後、真澄をなだめるのに数時間かかったと綴は語ったのだった。