望まない再会

『MANKAIカンパニーの公演、"ロミオとジュリアス"よろしくお願いします!』

街頭で至さんを除いた春組のメンバーとお姉ちゃんと私でフライヤーを配るが、なかなか興味は持ってもらえなかった。最近はほぼ無名だし、他にも色々な劇団があるからあまり目立たない。

「ねぇ。」

『どうしたの?真澄君。』

「ストリートACT。いい?」

『っうん!もちろん!』

ストリートACTは目を惹くはずだ。真澄君に先陣を切ってもらい、そのあとに咲也君と綴君が続いた。咲也君は相変わらず楽しそうだったけど、綴君は少し恥ずかしそうだ。

『綴君、大丈夫だよ。素敵な脚本だから自信持って。』

「!!っす!」

最初は恥ずかしそうな綴君も、しっかりと胸を張って演じている。立ち止まるお客さんも多くなってきた。

「………レベル低。」

こんなにガヤガヤとしているのに、聞き覚えのある声がやけに耳に響いて思わず後ろを振り返った。

「やめろ、晴翔。」

「ほんとのことだし。」

『っ、』

思わず被っていたキャップをさらに深く被った。伊達メガネがちゃんとあるか確認し、再び前を向く。どうして、なんであの二人が。晴翔君と丞兄さんだ。鼓動が早くなって、息苦しくなってくる。

「何だよ。」

「あれ、聞こえちゃった?」

「文句あるならハッキリ言え。」

悪意のある言葉に綴君がむっとして言い返し始めてしまった。止めなきゃ、止めなきゃいけないのに。体が動かない。足に鉛がついてるみたいで。

「綴君、落ち着いて。うちの団員が失礼しました。」

「こっちこそ、悪かった。」

「あれ?キミたち、前にビロードウェイでストリートACTしてた、」

「そっか、あの時の!」

お姉ちゃんと綴君はどうやらあの二人に会ったことがあるみたいだ。あの二人もよくストリートACTをやっているから、それで見かけたのだろう。忘れてた、そりゃあこういうところでうろついていれば彼らに会ってしまう確率は高くなる。どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだ。

「うちの団員ってことは、あんたが代表?」

「監督兼主宰だよ。」

「へえ、じゃあ、あんたもなんかやってみてよ。こんなレベルの奴らに教えてる監督が、どんなレベルか見てみたい。」

晴翔君の言葉に思わずムッとした。何故ああいう言い方しか出来ないのだろうか。少し小馬鹿にした態度は私の気持ちをモヤモヤさせるには十分だった。

「"一緒に旅に出ようジュリアス。こんな窮屈な町は飛び出して、世界中を巡るんだ。"」

「…………、は?何、今の、冗談じゃなくて?主宰が一番下手とかウケるんだけど。」

「やめろ、晴翔。」

「わかったでしょ。もう邪魔しないで。」

「そんなレベルで指導してて、こいつらに失礼とか思わないの?」

その一言で、私の堪忍袋の尾が切れた。許せない、お姉ちゃん、私の家族をを侮辱することだけは絶対に許さない。この瞬間だけ、私はロミオ。ロミオ=モンタギューよ。

『"一緒に旅に出ようジュリアス…!こんな窮屈な町は飛び出して、世界中を巡るんだ!!"』

「「!!!!」」

その場がしん、と静まり返り、まばらに拍手が送られた。目線だけちらりと二人に向ければ、丞兄さんだけが酷く傷ついた表情をしていて、私はその表情を見てその場から走り去った。

あれはきっと、バレたかもしれない。なんであんな表情を。嫌、頭から離れない。丞兄さんのあの顔がこびりついて、苦しい。

「待て!!!」

『ひっ、あっ、や、やめ、』

強く強く掴まれた右腕。私の腕を掴んだのは丞兄さんだった。追いかけてきたのか。当然か、劇団を捨てて逃げたやつが目の前に現れたんだから。

「お前は永遠に私のものだ。逃げられると思うな。」

背後にあの人の姿がちらつく。違うの、私はただ楽しく演じることが出来ればそれで−−−、

『離しっ、や、だっ、』

「顔見せろ…!」

帽子もメガネもあっという間にとられてしまった。掴まれた腕をどうにかしてほどきたいのに、ビクともしない。

「やっぱり…お前、花立かえで…。」

『違う…わた、しは、もうっ、』

「お前今まで何処で何やってたんだ。」

ぎり、と腕を強く握られた。痛くて、怖くて、でも逃げられなくて。誰かに助けてほしいのに、よりによって路地裏に逃げてきてしまい、誰にも助けを求められない。

「帰るぞ。今ならまだ間に合う。」

『や、やだっ、やだぁ…!』

強く腕を引かれ、体が前のめりになってしまう。必死に足に力を入れるが通用するはずがなかった。丞兄さんは何も知らないから私に帰るぞ、なんて言えるんだよ。ねぇ、丞兄さんお願い。私をちゃんと見てよ。

『誰かっ、』

「なぁ、おっさん。俺の女に乱暴すんじゃねーよ。」

強く掴まれた右腕とは逆に、優しく、でも力強く掴まれた左腕。後ろを振り返ると、見覚えのある制服と、整った顔立ち。

『!!…ばん、り…君…?』

「なんだ、高校生が口を挟むな。」

「は?俺の女がおっさんに誘拐されそうなのを黙ってみてろっつーの?ふざけんじゃねーぞコラ。」

まさに一発触発といったところだろうか。万里君は今にも丞兄さんに殴りかかるんじゃないかと思うくらいの殺気を放っていた。

「………かえで、これ俺の連絡先。連絡してくれ。あと高校生を弄ぶな。」

「ああ!?」

『だめっ、落ち着いて、』

万里君の勢いにその気が無くなったのか、丞兄さんは私の腕を離して名刺を差し出してきた。私はそれを受け取り、去っていく丞兄さんの背中を見つめていた。

『あり、がとう…万里君…。』

「別に。たまたまあんた見かけたらあんたの後にすげぇ焦った顔したあいつが追っかけてたから気になって来ただけだろ。案の定襲われてるしな。」

『違う…!丞兄さんは何も知らないだけ…!私がちゃんと話してないから…だからっ、』

「あー、わかったわかった。んなことより震えまくってんじゃねぇか。大丈夫かよ。」

『え…?』

自分の手を見てみると、小さく小刻みに震えているのがわかった。情けない、こんなことで高校生の子に迷惑をかけるなんて。

『大の大人がみっともないよね、ごめんね。』

「別に、関係ないっしょ。」

『ありがとう。そういえばなんで万里君制服なの…?今日休日なのに…、』

「あ?あー、学校に用があったんだよ。」

『…………喧嘩じゃないよね?』

「喧嘩するのにわざわざ制服なんて着るかよ。」

『そうだよね、良かった…。』

良かった、喧嘩じゃないならいいんだ。殴るのも、殴られるのも痛いだろうし、怪我なんてしない方がいいから。ホッと安堵すると、その様子を見た万里君は私の頬に指を滑らせた。その指先はあまりにも優しくて驚いた。

『ばん、り、くん…?』

「あんたほんと変わってるよな。」

『褒められてる気がしない…。』

「褒めてねぇもん。」

べ、と舌を出す彼は、いつもと違って子供らしさが出ていた。少し馬鹿にされているが、今は万里君に感謝しているので大目に見よう。

「じゃあ俺行くから。」

『うん、本当にありがとう万里君。』

「……………なんかあったら呼べよ。気が向いたら行ってやるからさ…。」

『!!…うんっ、』

万里君の優しさが、温かさが、じんわりと心を包み込んでくれる。ありがとう万里君。遠くなる背中に小さく小さくお礼の言葉を呟いた。