これも一つの手段だよ

委員長と喧嘩した私は応接室に取り残されて1人泣いていた。そんなタイミングで携帯の着メロが鳴り響く。携帯を見てみれば炎真からの電話だった。電話する気分にはならなかったが無視はできない。通話ボタンを押し、泣いているのがバレないように話し始める。

『も、もしもし…。』

「もしもし、さっきはごめん。大丈夫だった…?」

大丈夫かと問われれば大丈夫ではない。でも炎真のせいじゃないし、明るく振る舞う。

『大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。』

「……………本当に大丈夫?」

その言葉に勝手に涙腺が崩壊した。こういう状態で優しい言葉をかけられると涙が出てしまうのはどうしてだろうか。泣きたいわけじゃないのに、心配かけたくないのに。

「花莉、泣いてるの!?」

『だ、い、じょうぶ…っ、』

「大丈夫じゃないよ。学校出れる?今迎えに行くから。」

待ってるね、と言われて電話を切られてしまった。今日の仕事は急ぎのものはないし、ファイリングだけしてから帰ろう。ここに残ってても、委員長が帰ってきたときに気まずいだけだ。私は書類に目を通し、ファイリング出来そうなものだけして応接室を後にした。学校の外には炎真が待っていて、一緒に並盛の河川敷へと向かった。2人で芝生に座り、遠くを見つめる。

「どうして…泣いてたの…?」

『………喧嘩…したの、委員長と、』

「そうだったんだ…、理由は聞いてもいい…?」

『…嫌なこと、言われて…それで私も言い返しちゃって……っ、』

思い出したらまた涙が溢れてきた。思い出せば後悔しかない。あんなこと言わなきゃ良かった。

『もうっ、いいって…っ、言われちゃった…っ、ふっ、うぅ…っ、』

「…………そっか、」

子どものように泣く私をそっと抱き締める炎真。私は縋るように彼の腕の中で泣いてしまった。ひとしきり泣いて、落ち着いた頃には美しい夕日が私達を照らしていた。

「ねえ花莉。今日僕達が泊まってる民宿に泊まりにおいでよ。」

『え…?でも、』

「昔みたいに皆で雑魚寝しよう。お菓子を食べて、夜中まで話してさ。」

『…いいの?』

「うん、今の花莉を1人にさせたくないし、アーデルや皆も喜ぶよ。明日は継承式だし、僕達と一緒に行こう。」

『じゃあ、お言葉に甘えようかな…。荷物取りに行ったら、すぐ民宿に行くね。』

「わかった、待ってるね。」

炎真と別れて、荷物を取りに一度家に戻った。友達の家に泊まると言ってすぐに民宿へと向かう。少しだけ嫌なことを忘れられるような気がした。

「いらっしゃい。って言っても僕達の家ではないけどね。」

『お邪魔します。あ、これケーキ。あとで皆で食べて。』

「ありがとう。」

炎真にケーキを渡し、私は民宿へと上がった。流石に7人も泊まる部屋だからとても広かった。年季の入った雰囲気のある民宿だ。

「花莉、先にお風呂に入っておいでよ。その後ご飯にしよう。」

『うん、わかった。』

私は炎真の言う通り、お風呂に入ることにした。なんだか今日は色々あって疲れてしまった。まだ皆は帰ってきてないようだし、ゆっくり入らせてもらおうかな。

***

『炎真、お風呂ありがとう。』

「っ、あ、ああ。疲れは取れた?」

『うん、ごめんね長く入っちゃって。まだ皆は戻ってないの?』

「うん、もう少ししたら帰ると思う。」

皆帰ってくるの思ったより遅いんだな。何してるんだろう。薫は部活終わった頃の時間だろうし、アーデルはまだ学校なのかな。

「花莉、はい。」

『ありがとう。』

炎真はわざわざお茶を淹れてくれたようで、私はそのお茶を一口飲んだ。温かくて体がぽかぽかする。

「…………。」

『さっきは泣いてごめんね。年上なのにみっともないよね。』

「そんなことないよ。僕達の間で歳の差は関係ないし。」

『ふふ、そうだね。小さい頃も炎真に甘えてばっかりだったな。』

「それは僕もだよ。お互い様だね。」

炎真と談笑していると、急激に眠くなってきてしまった。どうしてだろう、体が思ったより疲れていたのか、それとも安心感からなのか。それにしてもこんなに眠気が襲ってきたことはないのに。

「花莉?」

『なんか…すご、く……ねむ…い…。』

ぐらぐらと視界が揺れて、そのまま意識を手放してしまった。この時の私は、この眠気が仕組まれたものだと知る由もなかったのだ。

「おやすみ、花莉。」

炎真はパッタリと寝てしまった花莉の頭を撫でる。花莉の鞄のそばにある携帯はずっと鳴り響いてて、炎真はその携帯の電源を切った。

「花莉はきっと飛び出しちゃうだろうから。君に治されるとツナ君への復讐にはならない。」

炎真は誰が花莉に電話をかけたのか知っていた。だからこそ花莉が出ないようにお茶に睡眠薬を入れ、花莉を眠らせたのだ。

「このまま明日まで眠ってて。明日は絶対に継承式が開かれるから。」

炎真は眠る花莉の頬に唇を落とした。その瞳に憎しみを宿して。