星空を失った雲

*雲雀side*

不愉快だった。花莉の幼馴染だというあの男が。最初は興味なんて微塵もわかなかった。花莉の幼馴染だろうがなんだろうがどうでもよかった。けれど、彼女が彼等に向ける目は本当に大切な者へ向ける慈しみの瞳。そう気づいた時から胸の辺りがじりじりと焦げるような、不愉快な感覚が僕を苛立たせた。そしてあの古里炎真の挑発的な態度がさらに神経を逆なでした。すぐに咬み殺してやりたかったけど、花莉の前ですると面倒になるのがわかっていたから放っておいた。

しかしあの出来事は起こった。街の部下が花莉を見かけたと連絡を寄越した。本来彼女が授業を受けているはずの時間に。彼女から目を離すなと伝え、その後の動向を後で報告するように言った。そして部下から来たのは彼女が髪の赤い青年の元へと向かっていたという報告。全身の血が沸騰するようだった。握りしめていたボールペンが折れて、書類の上に落ちたのをただ見つめていた。

放課後、校内の見回りに向かい次々に咬み殺した。正直感情に任せてトンファーを振るった。何故こんなにも心がざわついているのか理解できない。何に対しての怒りなのか、誰に対しての怒りなのかすらわからない。それでもむしゃくしゃした。

赤い血が飛び散って、ワイシャツを汚す。もうこれは使えないな、あとで捨ててしまおう。応接室で彼女は平然と仕事をしているのだろうか。そう思ったらさらに腹立たしくて、彼女すら手にかけたくなった。力任せに応接室のドアを開けると、僕を見た花莉は酷く驚いた表情を見せた。ゆっくりと近づけば、本能的に恐怖を感じたのか彼女は僕から距離を取る。

『い、委員長…?もう、取り締まりしてきたんですか…?』

「そんなことどうでもいい。君、今日何処へ行ってたの?授業中に。」

『っ、』

ビクリと震える体。だんだんとその顔は血の気が引いていき、青ざめている。

『あ、の…、』

怯える彼女に一歩、また一歩と近づくが、彼女も逃げるように後ろへ下がる。だが彼女はすでに壁によって逃げられない。

『炎真から、助けてってメールが来て…っ、それで…っ、』

「何も考えず飛び出したわけ?君この間襲われたってもう忘れたの?」

『すみません…。でも、炎真のこと、助けたくて…、』

その言葉を聞いて、また血が沸騰するような激情に襲われた。あんな奴のために学校を飛び出して1人で町を彷徨くなんて、ふざけるな。

「たかが小動物一匹のためになんてくだらない。」

『っ、なんでそんなこと、』

「君の気を引きたかっただけでしょ。愚かで弱い奴のすることだ。」

『炎真を侮辱しないでください!!委員長でも言っていいことと悪いことがあります!!』

少し涙目になって反抗する花莉。我慢ならなくて、トンファーを取り出した。

「僕に逆らうんだ…?」

『う"あっ…!!』

彼女の右手を掴んで壁に押し当てて、その首にトンファーをあてがった。苦しそうに身をよじる彼女を解放してやろうなんて気すら起こらない。当然の報いだ。

「君は僕のものでしょ。僕だけを見てればいい。」

『っずっと貴方のものだと思ってるんですか!?…この先ずっと一緒にいる保証なんてない…!!』

「…、」

花莉の言葉に辛うじて繋いでた枷が外れた。

『んぅっ…!?』

黙れと言わんばかりに、自らの唇で彼女の口を塞いだ。噛み切ってやる。こんな口も舌も。君はずっと僕のものだ。無理矢理舌をねじ込んで逃げる彼女の舌に乱暴に絡めた。

『ン…っ、や、……んんっ、』

息をする間など与えてなんてやらない。彼女の左手が僕の体を押すが、なんてことはない。無駄だ。僕に逆らうことがどう言うことなのか身をもって知ればいい。

「はっ…、」

彼女の瞳が虚になり、抵抗していた手の力が弱くなってきた頃に唇を離した。すると彼女は足りなくなっていた酸素を大きく吸った。そしてその直後、乾いた音と共に、頬に痛みが走る。

「っ!!」

一瞬何が起きたのかわからなかった。

『はぁっ…はぁっ…、』

ゆっくりと彼女に視線を向ければ、彼女の大きな瞳から涙が溢れ出ていた。小さな体は震え、怯えているようだった。言い表すことのできない感情が心を乱す。やめろ、僕の心を乱すな。花莉と出会ってから感じたことのない感情ばかりで苛々する。彼女に出会わなければ−−−、

「…………もういい。」

そう吐き捨てて応接室を出た。花莉がどんな顔をしていたかなんて知らずに。

そして継承式を迎えた。群れの好奇の目を晒された花莉は、目を引くものがあった。不覚にも彼女の美しさに目が奪われた。それは僕だけじゃない。その場にいる全員が奪われていた。微笑むな、それは僕のために向けていればいい。

継承式は至門の生徒によって阻まれた。まるで別人のようになった古里炎真は僕の前に立ち塞がった。ボンゴレだとかシモンだとかどうだっていい。目の前のこいつを咬み殺す。そう思ってた。しかしそれは敵わなかった。まるで踏み躙られたような感覚だった。それどころか花莉まで奪われた。

「もういいって言ったのは貴方ですよね。花莉を泣かせる貴方に、花莉は絶対に渡さない。」

今まで自分の進んできた道、成してきたことを後悔したことなんてなかった。でも、この時初めて後悔した。あんなことを言うべきではなかったと。花莉を奪われ、プライドを傷つけられた。

壊されたボンゴレリングを修復し、強化をするためには膨大な炎が必要だと言って、岩のようなものを渡された。これにはボンゴレリングとロールが宿っている。失敗すればボンゴレリングは修復できなくなり、ロールを失う。

「怖いかいロール。」

そっと岩のように成り果てたボンゴレリングの原石を手に取る。大丈夫、君を失うことはない。譲れないものがある。僕は絶対に譲らない。

誰にも渡したくなかった。お気に入りの玩具のようなそんな感覚だと思い込んでいた。そうじゃない。大切だったんだ。君との時間が。君が隣にいる瞬間が。

失ってから気づいた。大切にしたかった。泣かせたくなかった。星の光で煌めくその瞳を、曇らせたかったわけじゃない。それでも、子どもじみた愚かな嫉妬心で君を傷つけた。

君を誰にも渡したくないのも、
隣にいてほしいのも、
笑っていてほしいのも、

君と言う存在が大切だからだ。

ボンゴレリングには今までにないくらいの雲の炎が灯った。やがてそれはビキビキと音を立てて割れ始め、光を放つ。ボンゴレリングは本来の形を失ったが、ブレスレットとなり再び光を取り戻した。

「花莉、待ってなよ。」

今、君を迎えに行くよ。