甘さはだいぶ控えめ
朝はなんだか色々なことがあってあやふやになってしまったが、放課後はどう頑張っても逃げる事は出来ない。応接室のドアをノックし、ゆっくりと開けた。
『失礼します…。』
「もう体調は大丈夫なの。」
『おかげさまで…。あの…昨日は家に来ていただいたみたいで…、』
「"委員長に会えなくて寂しい。"」
『うっ、』
「"手を握ってほしい。"」
『ううっ、』
「夢ではあんなに素直なんだね。」
意地悪な顔をして笑みを深める委員長に私はぶわわと顔に熱が集中する。ああ、やっぱりあれは夢じゃなかったのか。
『違うんです委員長!!あれはちょっと熱に浮かされてたというか!!』
「普段もあれくらい素直になれないの?」
『やめてくださいいいい。』
恥ずかしさのあまり顔を手で覆った。本当に穴があったら入りたい。委員長本人に寂しいだの手を握ってほしいだの言うなんて…!!
「僕以外の前で、あんな顔見せないでよ。」
『あ、あんな顔とは…、』
「…………だらしない顔。」
『だらしない!?涎垂れてました!?』
「そういうことにしておくよ。」
『ひいいい、もうどれだけの醜態を晒せば…!』
これ以上にない醜態を晒した。よりによって委員長に。恥ずかしさと後悔で死にたくなったがもうやってしまったものは仕方がない。早く委員長の記憶から消えるように願おう。
「君、あの草食動物達と知り合いだったの。」
『あ、ああ、炎真達のことですか。そうですね、幼馴染です。』
「ふうん。」
『幼い頃からの付き合いだったんですけど、最近は会ってなかったですね。』
「そう…。昨日粛清委員の女生徒がここを明け渡せと言ってきてね。」
『あ、だからアーデルと戦ってたんですね。朝来たらびっくりしちゃいましたよ。』
なるほど、私が昨日休んでいる間に既にここを訪れていたんだ。ここを明け渡せなんてさすがアーデルだ。
『アーデルは昔からそうなんです。しっかり者でお姉さん気質ですし。私も心配されちゃって、粛清委員会のお誘いが来ましたよ。』
「は?何それ。」
『え…?ひっ、何怒ってるんですか!』
棚のファイルを取っていると、明らかに不機嫌な声が聞こえてきた。委員会の方を向けば本当に不機嫌そうにこちらを見ている。思わず一歩後ずさった。委員会はゆらりと私に近づいて、棚に手をつく。
「何知らないところで勧誘されてるの?」
『こっ断りました!!』
「…、」
『風紀委員を辞めるつもりはないですし!!ほら、それに私が辞めたら委員長寂し、いだだだだ!!頭!頭もげる!!』
「誰が寂しいって?」
ちょっとした冗談を言ったら頭を思い切り掴まれた。握力強すぎて握りつぶされそう。
『嘘です!寂しいのは私でした!!』
「君って本当に阿保だよね。」
『うう…頭付いてます?』
「ついてるよ。」
自分の頭をさすり、委員長を見上げた。そろそろパワハラで訴えたいところだ。ジッと彼を見つめると、彼は私の顎を持った。いや、掴んだが正解だろうか。
「まぁ君が辞めたいって言っても辞めさせないけどね。」
『うええパワハラ上司…。』
「なんとでも言えば。辞めたいなら僕と戦って勝つことだね。」
『一生無理ですねそれ。』
「じゃあ諦めて。」
まあそもそも辞めるつもりなんてさらさら無いんだけどね。もう嫌になったらとっくに逃げているし。いや、逃げられるかどうかわからないけれど。この生活を案外心地いいと思っている自分がいて、所属した当初と変わったなぁと思う。良くも悪くも委員長の影響なんだろうな。
「ほら、今日も君の書類は沢山あるから働いて。」
『はあ、なんでいつもこんなにあるんですかね。』
「校舎を爆破させたり、破損させたりする奴がいるからでしょ。文句言ってないでやれ。」
『ブラック委員会…。あ、委員長コーヒー淹れます?』
「ミルクと砂糖はいらない。」
『承知しました。』
この愛すべき日常が、どうかこれからも続くといいな。そう願って、私はドリップコーヒーの袋を開けた。