さんかくとおにぎりと

『ここ…ですね。』

203号室の目の前で耳をすます。一応何も聞こえない。本当にここから声がしたのだろうか。

「…かく。」

「しっ。」

「…かーく。」

「聞こえた!」

「聞こえました!」

まさか本当に声が聞こえるとは思わなかった。幽霊か、もしくは不審者か。とにかく確かめなければ。

『じゃあ、開けますね。』

「え、ええ!?で、でも、もうずっと開かずの間ですし…、」

『だからこそ開けて確かめないと。使えないと困るのは団員の皆さんです。』

「でも、危ないですよ!もし不審者だったらーー、」

『皆不審者だったら逃げてくださいね。怪我したら大変ですし。』

「馬鹿なのあんたんとこの妹。」

「返す言葉もございません…。」

「怪我したら大変なのはかえでちゃんも一緒っしょ!」

「女の人より男の人が行った方がいいんじゃない。」

「男の人っていうと…、」

全員の視線が支配人さんに集まる。支配人さんは冷や汗をかきながらも、決意したような表情をしていた。なんとかするからちょっと待っているよう私達に伝えると、何処かへ行ってしまった。思ったよりも頼りになるなぁ、と思ったが、勘違いだった。

「お待たせしました!かえでさん24時間監視セキュリティ、真澄君を連れてきました。」

『支配人さん!!真澄君が怪我したらどうするんですか!』

「…何してんの?」

「この部屋から変な声が聞こえるから、かえでが中を確かめようとしてたんだけど…、」

『ごめんね、私が確かめるから大丈夫だよ。』

「……俺が開ける。アンタは下がってて。」

『でも、』

「かえでが危ない目にあう方が嫌。大丈夫だから。」

『…気をつけてね。』

どうか真澄君が怪我をするようなことがありませんように。そう思いながら真澄君が開くドアの先に目を凝らした。

「おにぎりって神秘〜!」

『!!』

「ぎゃあああああ!」

『わわっ!?』

ドアの先にはタレ目の少年がおにぎりを持って立っていた。おにぎりを見つめる瞳はどこかキラキラしている。部屋にいるはずのない男の子に誰もが驚いていたが、特に皇君はよほどびっくりしたのか後ろから私に抱きついてきた。我を忘れているのか、ものすごい力で抱きついてくる。す、皇君、落ち着いてほしい。そして真澄君が振り向く前に離してほしい。

「お、おお、おい、誰か早く除霊しろ…!」

『皇君、落ち着いてください。』

「みんな、さんかくほしいの〜?」

「しゃべった…!」

「…おにーさん、どなた〜?」

「俺?斑鳩三角〜。」

三好さんの問いに素直に答える男の子。名前は斑鳩三角さんと言うらしい。どこかのほほんとした雰囲気はとても不審者とは思えなかった。どうやら彼はロミジュリが始まる前からここに住み着いているらしく、彼の私物が散乱していた。よく見るとその私物はほぼ全てが三角形だ。

『皇君、幽霊じゃないみたいですよ。』

ぽそり、と彼に小さな声で伝えると、皇君はバッと私から離れる。皇君の可愛らしい一面を見ることができて少しだけ親近感を持った。

「と、とにかく、不法侵入です!おまわりさんに通報しますよ!」

『真澄君の後ろに隠れながら言うことじゃないですよ支配人さん!ちゃんと団員を守ってください!』

「捕まえる?」

「あ!このおにぎりはダメ!俺のだよ!!」

彼は自分のおにぎりを取られてしまうと勘違いしたのか、壁を走って逃げてしまった。驚くほどの身体能力だ。私達も彼を追いかけるが、誰も追いつくことができない。

「…むむ、いいにおい!」

『!?』

斑鳩さんは何かを感じ取って階段を飛び降りて一階の奥へと行ってしまう。私達も急いで追いかけた。キッチンの方へと向かうと、彼はすでにおにぎりを口へと運んでいた。

「はあ、はあ、やっと追いついた…。」

「も、もう逃げられませんよ!」

「背中にくっつくな。」

『あ、あの!斑鳩さんはどうして寮に住んでるんですか…?』

「行くところがないから〜。」

『…!』

何か訳ありなのだろうか。彼のことはまだまだ謎が多いけど、もし可能性があるなら…。

『お姉ちゃん。』

「うん、わかってる。…三角君、お芝居に興味ってある?」

「ええ!?」

「アンタ、正気?」

「ありえねぇ!」

「こんなの拾う気?」

斑鳩さんの身体能力ならアクロバットなお芝居に生かすことができるし、夏組の舞台の幅がグッと広がるはずだ。春組にはない何かを演じることが出来るはず。

「芝居?知ってるよ。」

「やってみない?そうしたら、あの部屋に住んでていいから。」

「おにぎり食べられる?」

『朝と晩に食べれますよ。』

「じゃあ、やる!」

「よし、決まり。」

劇団に入るか入らないかの基準はおにぎりなのか…。でもこれで夏組は五人揃った。それぞれの個性を生かしてお芝居をしてほしい。

「どうなっても知らないからね。」

「こんなのと一緒に芝居をやるのか…。」

「よくわかんないけど、おもしろそー!すみー、よろ!」

「よ、よろしくお願いします。」

「アンタら、相変わらず節操がない。」

『せっ…!?そんなことないよ!』

「人聞きが悪い!」

「オー夏組血栓ネ!」

「結成、ね。そう、これで五人揃ったよ!」

「で、部屋割りはどうするの?」

『皇君と斑鳩さんが203号室になるかな…。』

ちらりと皇君を見ると不服そうというか不安そうな表情をしていた。まだ斑鳩さんがどんな人物か掴めていない分、同室というのは不安なのかもしれない。

「…おい、瑠璃川、お前と同室で我慢してやる。」

「はああ?別に我慢してくれなくてもいいんだけど?」

「うるさい!俺は201号室で寝るからな!」

「勝手に決めるな。」

今ここに一番心配なペアが結成されてしまった。幸先が不安だけど夏組全員で乗り越えていってほしいと願った。