素人とプロ
「はい!それでは、これから夏組の初稽古を始めたいと思います!未経験者がほとんどだから、レクリエーションの意味もこめたエチュード練習から始まるね。」
夏組が結成してから初めての稽古が始まった。結成したばかりで何となくよそよそしさもあり、春組結成当初を思い出した。
「エチュードって何?」
「そんなことも知らないのかよ?」
『エチュードっていうのは即興劇のことだよ。台本がないその場のアドリブで成り立つものなの。』
「ふーん。わかった。」
「そういうことなので、二人組でかけ合いをやってもらうね。時間は5分間。設定も決めないので、二人で作り上げて。まずは幸君と椋君。」
瑠璃川君と向坂君は少し戸惑いながらも、女子高生の役になってエチュードを5分間やりきった。初めてなのに会話も途切れず、驚いた。
『すごいね二人とも。初めてなのに会話が途切れないなんて。』
「あっ、ありがとうございます!」
「別に。」
「あんなの、ただの素だろ。一人称変えただけ。」
「まずは慣れるところからだから、十分だよ。次は、一成君と三角君。」
「うい。」
「さんかくー?」
次は三好さんと斑鳩さんの番。正直、斑鳩さんはどんなお芝居をするのか想像がつかない。最初に始めたのは三好さんだった。どうやらタレント役を演じるみたい。
「"こっち、こっち!タクシー呼んどいたから、早く乗って!"」
『!?』
この一言でわかる。初めてやったようなお芝居じゃない。声の抑揚や自然な会話。
「"だから、事務所でスケジュール確認しておいてって言ったのに。朝も電話したけど、起きなかったでしょ〜。」
「"あ、ああ、ごめん!"」
しっかりと三好さんをフォローしながら、お芝居を続ける斑鳩さん。あの皇さんですら驚いていた。
「…はい、そこまで!」
「斑鳩ってあの変人…。」
「こなれてるね。」
「それじゃあ次は天馬君と…、かえで、お願いできる?」
「はあ?こいつにエチュードなんて出来んのかよ。」
「それは心配しなくても大丈夫。」
明らかに嫌悪感丸出しの皇君。なんだか申し訳なくなってくる。足を引っ張らないようにいつも通り全力でやろう。
私と皇君は向き合い、お互いの目を見た。私は皇君の出方を伺う。一体どんなエチュードになるのだろうか。
「…、」
『…、』
「"…何黙ってんだよ。"」
『"…別に。貴方と話したくないだけ。"』
「"おまえはいつもそうだよな。肝心なところで何も言わない。文句があるならはっきり言えよ。"」
喧嘩中の男女。好きだけど、彼の行動が許せなくて責めてしまう女性。
『"本当に何もわかってないわね…。これ以上貴方と話しても無駄だわ…。"』
「"待てよ…!俺が一体何をわかって…っ、な…んで、泣くんだよ…。"」
『"本当にわからないの…っ!?私はただ…っ、貴方が…っ、"』
「……………泣くな…。………!!"お、前の泣き顔なんて見たくないんだよ!"」
『"っそんなに優しく抱き締めないでよ…っ、"』
「"こんな方法しか知らねえんだよ。"」
『"もう…っ、ばか…、"』
「…………!はい、そこまで!」
「すっげー!テンテン!かえでちゃんもやばすぎ!」
「思わず見惚れちゃいました!」
「まぁまぁなんじゃない?」
なんとか失敗せずに演じることが出来て安心した。途中で抱き締められた時は驚いたけど、皇君の自然な演技は本当に尊敬する。そっと皇君から離れようとすると、何故か身動きが取れない。
『皇君…?あ、の、』
「なんだよ。」
『え?あの、えっと、』
「そろそろ離しなよ変態。」
「!!誰が変態だ!こいつが寄っかかってきたんだ!」
『ええ!?す、すみません?』
勢いよく私から離れる皇君の表情はなんとなく罰が悪そうな様子だった。それでもすぐいつもの様子を取り戻していたが。
「ふん、わかったか?エチュードっていうのはこういうことをいうんだよ。お前らのはただ、口から出まかせ言ってるだけだ。」
こういう言動が今後にも影響が出そうで心配になる。春組も少し心配な時はあったけど、最後はみんな一致団結して乗り越えることが出来た。夏組もそうであってほしいけれど、今の様子じゃわからない。
お姉ちゃんが夏組のリーダーについてどうするか切り出した。ここでもやはり皇君が立候補した。確かに実力で選ぶなら皇君だろう。しかしそこで反論したのは瑠璃川君だった。
結局向坂君の意見もあり、演技の経験が豊富な皇君が夏組のリーダーとなった。瑠璃川君は不服そうだったが、最後は受け入れてくれた。
『夏組の皆さんをよろしくお願いしますね、皇君。』
「お前に言われなくてもわかってる。」
平和に稽古が進んで公演が成功することを心から願った。