ファナリス注意報

*マスルールside*


王様が手放さないのは、強く優しい女の子。


「じゃあ…始める。」

『はい、よろしくお願いします!』

やっぱり小さい。小さいし、なんかこう…ちまちましている。ファナリスではないのに、俺が教えて大丈夫なのだろうか。力を入れればすぐに壊れてしまいそうだ。

「まず、この岩を出せる力を全て出して壊してみろ。」

スッと指を指す先には莉亜の身長をはるかに超える大きな岩。普通の人間は絶対に壊すことは出来ない。

『す、素手ですか?』

「出来ないか?」

『いいえ、やります。』

この目が俺は好きかもしれない。この迷いがない目が。目の前に立ちはだかる大きな岩を真っ直ぐに見る莉亜の姿は凛としていた。

スゥと息を吐き、目を閉じる莉亜。そして右足を引き、左足を踏み込んで拳を力いっぱい振りかぶった。ドカァァンと凄まじい音と砂埃で視界が霞んだ。

『けほっ…けほっ…。』

だんだん砂埃も落ち着いてきて、砂埃にむせる彼女の姿を捉えることが出来た。しかし、あんな大きな音がしたわりに何も岩が壊れていない。

「砕けなかったのか…。」

『いいえ、砕けてますよ。』

「!」

一体どこが砕けているのだろうか。見る限り岩には傷一つついていない。と思ったが、よく見れば小さな拳の跡が岩に残っていた。その跡から岩全体にヒビが出来る。そしてついにはバラバラと岩が砕けて崩れていった。

「体は頑丈みたいだな。」

『みたいですね…。でも信じられないです…。前は体が弱くて、体力もすぐ無くなってたのに、今はそれが嘘みたいです。私…普通じゃなくなったんですかね…?』

あははーと無理して笑っているのは俺でもわかった。身体能力が格段と上がり、自分よりもはるかに大きいし岩を砕けるようにもなった。そんな自分の変化に戸惑っているのか。

「お前はもっと自分に自信を持て。自分の力を信じろ。目的を果たしたいなら迷うな。」

『!!…ありがとうございますっ!』

そう言って笑う彼女。そうその笑顔が見たかったんだ。修行している時はわりといい感じだと思ったし、ちょっと懐かれているんじゃないかと思ったが、それはどうやら見当違いだったらしい。

「莉亜。」

『ひゃ、ひゃいっ!』

「…。」

修行以外の時は修行の時とはまるで別人のような莉亜。俺が話しかけても目を合わせないし、少しだけ震えている。何故。それを王様に相談してみたら笑われた。

「はっはっは!それはそうだろう!」

「なんでッスか。」

「お前覚えてないのか?莉亜が逃げた時に捕まえたのはマスルールだろう?大きなお前があんなに小さい女の子を捕まえたらそりゃあトラウマになるだろう。」

ああ…そういえばそんなこともあったかもしれない。そうか、莉亜は怖かったのか。マスルールは自分の手を見て少しだけ悲しくなった。

「莉亜。」

『は、はいっ!な、なんでしょうか!』

「…。」

修行が終わった後にそれとなく話しかけてみたが、言葉が浮かばない。怖がるな、は違うし、かと言ってもっと普通にしろ、とも言うわけにはいかない。

『え、えーっと、用がないなら失礼しますね…?』

そそくさと逃げようとする莉亜。腕を掴んだらきっとまた怖がられてしまう。なら…、

『ひゃあっ!』

彼女をひょいっと持ち上げて、子供を抱くように彼女を抱いてみた。莉亜は戸惑いを隠せない様子で、あわあわとしていた。

『あのっ、えっと、』

「俺が怖いか。」

『っ、』

莉亜の体がびくりと震えるのがわかった。図星か。トラウマはそう簡単に消えない。よって、俺と莉亜の壁は壊れないままだ。

『わた、私は…、』

「無理をするな。悪かったな。でも、もうここでお前を捕まえる奴はいないから安心しろ。」

そう言って莉亜を降ろそうとした瞬間、驚くことに彼女は俺の首に手を回し、ぎゅっと抱き着いてきた。俺の思考回路は完全に停止し、莉亜を抱いたまま止まっていた。

『まだ、少しだけ怖いんですっ…でもっ、こうやってちょっとずつ慣れますからっ…だからっ…、』

顔を真っ赤にさせながらいっぱいいっぱいになって言いたいことを伝えようとする莉亜。珍しく心臓がドキンと跳ねた。

「……………ありがとう。」

どうして俺はお礼を言っているのだろうか。でも、優しくて頑張っている彼女にお礼を言いたくなったんだ。だけど、怖がられた分ちょっとだけ意地悪してもいいだろう。

「莉亜。」

『あっ、えと、こんにちは!』

「ん。」

あの出来事があった後、俺は莉亜に会うたび腕を広げるようになった。何事かとギョッとする莉亜。

『な、な、なんですか!?』

「少しずつこうやって慣れていくんだろう。」

『いやっ、それは〜…その〜…。』

「そうか、あの言葉は嘘だったのか。残念だ。」

そう言うと彼女は泣きそうになりながらトテトテとこちらに寄って俺にぎゅっと抱き着いた。

『嘘じゃないです…!』

「ならいい。」

このくらいの意地悪だったら、可愛い方だろう。目標は莉亜が進んで抱き着いてくることとしよう。だから早く慣れてくれよ莉亜。