謝肉宴

「莉亜様…よろしければ私共と飲んでいただけないでしょうか。」

「莉亜様っ、よろしければ一杯いかがですか!」

「莉亜様っ!」

「莉亜様。」

市瀬莉亜17歳。ただいまそこそこのピンチに陥っております。王様のおかげでシンドリアの皆から受け入れていただけたのはとても喜ばしいことだった。しかし、そのおかげで好奇の目で見られてしまい、先ほどから、兵士がわらわらと集まってくる。何故!!私は男の人に慣れていない。特に知らない男の人は近づかれるのも好まない。

『〜〜〜っ、』

「あまり群がるな。莉亜殿は疲れている。」

「どっドラコーン将軍!」

「しっしっ失礼致しました!!」

ヌッと現れた人間ではない手によって私は救われた。その手の主は八人将の一人であるドラコーンさんだった。周りにいた兵士達は皆一斉にこの場を立ち去り、私とドラコーンさんの二人きりになる。

『ありがとうございます。』

「あまり男には慣れていないのだろう。私の部下がすまなかったな。」

『と、とんでもありません。私を受け入れてくださって本当に感謝しています。』

「……。」

『あの………何か?』

じ、とドラコーンさんの鋭い瞳が私を見た。何か失礼なことでも言ってしまっただろうか。

「莉亜殿は貴族であったのか?」

『きっ貴族!?私はただの平民でした…!そもそも私の国では貴族なんて階級は存在しません…!!』

「そうか、それはすまない。立ち振る舞いや言葉遣いが丁寧だったから貴族なのかと思ったのだ。それに礼儀正しい。」

『その言葉をそっくりそのままお返し致します。ドラコーンさんこそ貴族らしいです。』

「こんな姿なのにか?」

『見た目なんて関係ありません。そのピンとした背筋も、堂々とした口調も、しっかりとした教育とドラコーンさんの努力があったからだと思います。』

私の住んでいた場所では貴族階級はなかった。だから貴族なんてわからないけれど、ドラコーンさんはきっとすごい人なんだと思う。

「莉亜殿は似ているな。」

『誰に…ですか?』

「私の大切な者だ。強くて、優しいあのお方に。」

『とても大事な方なんですね。ドラコーンさん、今までで一番優しいお顔をしていらっしゃいます。』

「ふ、莉亜殿はよく見ているな。」

ドラコーンさんのルフはとても優しい。高貴で純粋で気高い人だ。ルフを見なくてもわかる強い人。

『あ、私を莉亜殿と呼ぶのはおやめください。私は何の立場もない居候故、呼び捨てで呼んでください。』

「何を言っている。莉亜殿は食客だろう。」

『それでもです。お願いしますドラコーンさん。』

「意外と頑固なのだな。わかった、今度からは莉亜と呼ぼう。」

『ありがとうございます。』

最初はちょっとだけ怖かったけれど、今はちっとも怖くない。人は見かけによらないものだ。こうしてしっかりと話せば、良いところも悪いところも自然とわかってくる。私はもっと色んな人達と関わらないと。

しばらくの間、莉亜はドラコーンと談笑をしていた。途中でヒナホホとスパルトスも介入し、和気藹々と宴会を楽しむ。まるで一家の父を連想させるヒナホホや、女性がちょっぴり苦手なスパルトスとも打ち解けられる莉亜を、安心したようにドラコーンは見つめていたのだった。

「莉亜〜。」

『きゃっ、』

三人と談笑を終えた後、一人でゆっくりと宴会を楽しんでいると、後ろから誰かに抱きつかれた。その瞬間に鼻を掠めるお酒の匂いに思わず眉間にしわを寄せた。

「俺と一緒に飲もうぜ〜。」

莉亜に抱きついたのは完全に出来上がったシャルルカンだった。シャルルカンは自分の頬を莉亜の頬にすりすりと頬ずりをする。あまりに密着するものだから、男に慣れていない莉亜は逃げることが出来ない。

『あ、あの、私はまだ未成年で…、』

「だぁいじょぶだよ〜ここはお前くらいの歳で飲んでも問題ねぇからさぁ〜。」

「莉亜に絡むな酔っ払い。」

「いってええええ!!」

そんな酔ったシャルルカンの頭に一発ぶちかますジャーファル。あまりの痛さにシャルルカンの酔いは覚めた。

「…ったく、ちょっとは自重しなさい。」

「それは王様に言ってくださいよぉジャーファルさん〜。」

頭をさすりながら師匠は涙目で王様を見た。私もその視線を追うように王様を見たが、視線の先は何とも言えない光景が広がっている。

「王様っ、私を膝に乗せてくださいませ!」

「やぁん!次は私ですわっ!」

「えー、私よぉ!」

『………な、なんと言うか、さすがですね………。』

「ろくでなしとハッキリ言っていいですよ莉亜。」

まるでゴミを見るような目を王様に向けるジャーファルに苦笑いしか出来なかった。王様は何人もの綺麗なお姉様をお膝に乗せて肩に手を回している。確かに王様の顔は整っているし、モテるのもわかる。

『王様はその…奥様とかいらっしゃらないんですか…?』

「シンは生涯妻を娶ることはありません。」

『そうですか…。』

となると一生独身なのか。一国の王としては珍しいケースだ。私の想像では大きな国のお姫様と結婚をして、国を広げていくイメージだった。王様にも何か考えがあるのだろう。私はあまり深追いせず、水を口に含んだ。もう月は高く昇っている。

「莉亜!」

『えっ、あ、はい…。』

王様は私に気づいたようで、少し遠くから手招きをしてきた。あまり行きたくない。そっと助けを求めるようにジャーファルさんを見たが、顔をそらされた。渋々、お姉様方に囲まれている王様の元へ歩いた。

「楽しんでいるか莉亜。」

『は、はい。』

お姉様方の視線が痛い。別に敵意は無いが、とても見られている。ああ、早くこの場を去りたい。そんな思いを察したのか、王様はお姉様方を下ろして、笑顔で彼女と話してくるよ、と言った。王様は私の肩を抱き、あまり人のいない席に座らせる。

「すまなかったな。話しにくかったのだろう。」

『いえ、大丈夫です。お、王様はとてもモテるんですね。』

「そんなことはないさ。」

はっはっは、と笑い飛ばす王様だがこれを男の人が聞いたら嫌味にしか聞こえないだろう。

「そんなことを言ったら莉亜だってモテるだろうに。」

『?…何故ですか?』

「おいおいまさか無自覚なのか?君はこんなにも美しく魅力的な女性なのに。」

莉亜の手を取り、整った顔をズイ、と近づけるシンドバッド。シンドバッドに手を握られることが照れくさい莉亜は顔を赤く染めた。

『わ、私はそう言ってもらえるような女ではありません。こんな薄気味悪い色をした髪や目、そしてファナリスでもないのに人間離れした体。普通ではないんです。』

「そんなことはない。誰が君を普通ではないと言った?俺は普通の一人の女性にしか見えない。」

『王様…、』

本当にいい人だ。私がここでやっていけているのも彼のおかげ。でもどうしてだろうか。時々、ゾクリとするほど王様が怖いと感じてしまうことがあるの。温かくて優しいのに、それとは裏腹に何か冷たいものを抱えてそうで、心の何処かでこの人に気を許してはいけないって思ってしまう。王様、貴方は何を考えているの?どうして私にここまでしてくれるの?

『っ、あの、もう休みます。』

「そうか、今日は力を使って疲れてしまったしな。ゆっくり休むといい。」

『はい。今日は本当にありがとうございました。失礼致します。』

握られた手をやんわり離し、逃げるようにその場を後にした。握られていた手に熱を帯びている。体も熱い。早く寝てしまおう。そう思いながら自室へと戻った。

そして、遠ざかる莉亜の背中を、シンドバッドは冷たい表情で見つめていたことは、莉亜の知る由もなかった。