強い意志

真っ暗な闇の中、声が聞こえた気がした。誰かが私を呼んでいた。でも、その声がどこから聞こえてくるのかはわからない。

「余程咬み殺されたいようだね。」

違う、そんなまさか、と抗議をしたくなった。最も恐ろしい言葉に思わず暗闇の中で首を振る。

でも、優しいテノールの声が、この真っ暗な闇の中から導いてくれるようで心地がいい。そうだ、私はこの声を知っている。

「それ相応の覚悟があるんだよね?」

貴方の背中を追いかけてきた。早く帰ってきてほしくて。傍にいてほしくて。私は臆病だから、貴方が必要なんだ。

「帰るよ、星影花莉。」

そうだ、私は貴方と一緒に帰りたかったの。また、あの応接室で過ごす日常に戻りたかったんだ−−−、

『委員長っ!!!』


***


けたたましく鳴り響いた銃声に息を飲んだ。目を逸らしたいのに、逸らせない。

「てめぇは見んな。」

銃声が鳴り響いた直後、視界が真っ暗になる。獄寺君が私の目を手で覆ったみたいだ。まだ頭の中に何が起こったのかという疑問について、処理が追いついていない。

「あっち向いてろ。」

獄寺君は私の顔を優しく別の方向へ向かせた。私自身もそれに逆らうことはない。それが今の自分にとって一番なのだろう。でも、私はそれで良いのだろうか。この事実に目を逸らして良いのだろうか。そんな疑問が浮かんだ。それに、すごく嫌な感じがする。寒気が止まらない。

「うう…、」

「よかった!ビアンキの意識が戻った!」

「無理すんなよ。」

負傷し、気を失っていたビアンキさんが意識を戻したようだ。ビアンキさんはまだお腹から血が流れている。早く手当を施さなければならない状態だ。

「肩貸してくれない…、」

「しょーがねーなー。きょ、今日だけだからな。」

『だめ…、』

無意識に言葉が出た。何故こんな言葉が出たのかわからない。だけど、ビアンキはいつもと違う気がする。

「獄寺君!いっちゃだめだ!」

「え?」

「ん?」

沢田君の顔も少しだけ青かった。私が感じているものと、沢田君が感じているもの同じなのかもしれない。そして、嫌な予感は残念なことに的中してしまった。ビアンキさんは三叉槍で獄寺君を傷つけた。そして、次は彼女に近づいたリボーン君でさえ刺そうとしたのだ。ビアンキさんがリボーン君を傷つけようとすることは絶対にありえない。

『骸さん…?』

「そうだ、ろくどう…むくろ…?」

「クフフ…また会えましたね。」

ビアンキさんの右目に赤くなり、その瞳には六が刻まれている。まさか、本当に骸さんだなんて。また現実味のない現象に戸惑ったが、もうこの戦いに今まで見てきたもの、体験してきたものなんて当てはまらないことが漸くわかった。

獄寺君は魔除けの印を結び始め、流石に無理があるだろうと思ったが、ビアンキさんに取り憑いた骸さんは苦しむ様子を見せた。そして、ビアンキさんの体は床に倒れ、動かなくなった。

『お祓い出来たの…?』

「ビ、ビアンキ…?」

「俺やりましょーか?」

「獄寺く…骸!!」

獄寺君は沢田君の後ろから三叉槍を刺そうとする。それを間一髪避けた彼は獄寺君から距離をとった。どうやら獄寺君にも取り憑くことができるようだ。

「間違いねーな。自殺と見せかけて撃ったのはあの弾だな。…憑依弾は禁弾のはずだぞ。どこで手に入れやがった。」

いつものリボーン君とは違う雰囲気だった。リボーン君の話によると、彼が自殺と見せかけて撃った弾は何とかファミリーが開発した特殊弾らしい。あまりにも危険で弾や製法も葬られた筈だと言う。

またわけのわからない話ばかりで頭が追いつかない。とにかく私は委員長を守らなければならない。もう彼は動ける状態ではないのだから。

「やつの剣に気をつけろ。あの剣で傷つけられると憑依を許すことになるぞ。」

「そ、そんな!」

「よくご存知で。」

獄寺君の体から、剣はビアンキさんの体へ。ビアンキさんに憑依した骸さんは私の方へとゆっくり歩いてくる。

「星影先輩!」

『っ、』

「どいてください花莉。」

剣の切っ先が私へと向く。私がどいたら委員長が乗っ取られてしまう。怖い、けど、絶対に退くものか。

「貴女を傷つけたくはない。」

『委員長は渡しません…っ、』

「仕方ないですね。」

骸さんは剣を下ろし、一歩私に近づいた。そして私の腕を掴む。払いのけようとしたその一瞬で私の体は宙に浮き、飛んだ。

『あぁっ!!』

「星影先輩!!!」

背中にものすごい痛みが走る。一瞬何が起こったのかわからなかった。壁に叩きつけられた体が悲鳴をあげている。気を失いそうな痛みに堪え、遠くなった委員長の方へ手を伸ばした。

骸さんは剣で委員長を傷つけ、取り憑いた。そして、委員長の体で沢田君を殴る。しかしその一撃で終わった。不幸中の幸いなのか、それきり委員長には憑依することはなかった。戦いはどんどん激化していく。城島君ともう1人のニット帽を被った男子生徒、獄寺君、ビアンキさんの4人に同時に憑依し、沢田君に攻撃する。ダイナマイトが飛んだり、ヨーヨーから針が出たり、火柱が立ったり、もう夢を見ているような気分だ。

しかし、全員の体が負傷しており、骸さんが憑依している体には限界がきている者もいた。血が溢れ、今にも死んでしまうのではないかと不安になる。骸さん自身は痛みを感じないため、平気で体を動かし続けていた。それを見た沢田君は心を痛めているようだった。リボーン君に助けを求めたが、彼は沢田君を叱咤する。沢田君が気持ちを吐き出せば、それがボンゴレの答えだと。

「骸に…勝ちたい……。」

その言葉が耳に届いた瞬間、心が熱くなったような気がした。心臓の鼓動が早くなる。

「こんな酷い奴に…負けたくない…。」

私はずっと、この感覚を待っていたような、そんな気がしたんだ。

「こいつだけには勝ちたいんだ!!!」

その強い意志に、体の奥底で何かが共鳴するように生まれた気がした。これが一体何なのか、今の私にはまだわからなかった。