窓辺のララバイ

『失礼します。』

そっと病室の扉を開け、中へ入ると委員長が静かに眠っていた。あれだけの怪我をすれば何日も眠っていて当然だ。むしろ寝ていてほしい。

彼が寝ているベッドの側の椅子に座り、寝顔を見た。子どもらしくて可愛い寝顔だ。黙っていればこんなにも可愛いのに、と思ってしまう。

ふと、窓際を見ると小鳥が一匹止まっていた。何故かわからないがずっと委員長を見ている。私は立ち上がり、窓をゆっくり開けた。すると小鳥は遠慮がちに窓枠を超える。そっと手を出すとぽふりと乗った。とても人懐こい鳥のようだ。

「みーどーりーたなーびくーなーみーもーりーのー♪」

『ぷくく、委員長に教えてもらったの?ちょっと音痴だね。…え、委員長音痴なのかな…、』

並盛中の校歌を鳥が歌い始めたのだが、若干音痴で笑ってしまった。きっと歌うには難しいのだと思ったが、同時に委員長音痴説が頭によぎった。

「だーいなーくーしょーなくーなーみーがーーいいーー♪」

『音が違うよ小鳥くん。聞いてて。』

私はすぅ、と息を吸った。彼が起きないように小さな声で歌い始める。

緑たなびく並盛の
大なく小なく並がいい
いつも変わらぬ
健やか健気
ああ 共に謳おう 並盛中

「ふーん、悪くないんじゃない。」

『!?お、起きてたんですか…。』

「病室に入ってこられたら気付くに決まってるでしょ。」

『そんな大怪我をしておきながら起きるのは委員長だけですよ!もう少し寝ててください!』

病室に入った時から起きてたなんて!!それなのに歌ってしまって本当に恥ずかしい。穴があったら入りたい。
委員長はリモコンでベッドの上部分を起こす。

「君は大丈夫なの。」

『私は大丈夫ですよ。ちょっと鞭打ちみたいになっちゃいましたけど。』

「なんで?」

『え?そりゃあ骸君にふっとばされてに決まって…、』

「は?」

『え、なんでそんなに怖い顔してるんです!?』

「なに僕の知らないところで怪我してるの?骸君ってなに。」

委員長が怒っている理由がわからない。怪我はそんなに大きくないし、骸君と呼ぶのは歳が同じだからだ。別に仲良くなったわけでもない。

『色々あって怪我したんです。むしろあの場でこれくらいで済んでよかったですよ。骸君は骸君です。彼と同じ歳だったみたいで。』

「へぇ、彼と群れるなんていい度胸だね。咬み殺そうか。」

『ひぃっ!なんでそうなるんですか!』

「君は僕のものなんだから当たり前でしょ。勝手に群れるなんて許さない。」

『どこのガキ大将ですか…、』

まったく、強いのにこんなに子どもっぽいんだから困った委員長様だ。私はお見舞いに持ってきた林檎の皮を剥き始める。うさぎ型にしてあげよう。

「なんであの時追いかけてきたの。」

『えっ、』

「君みたいな弱い小動物があんなところに来るなんて思わなかった。」

『そっ、それは…、あの、怒らないで…くださいね?…怖くて、…そばにいてほしかったんです…………。』

あまりにも情けない理由で最後の方はもごもごと濁した。こんな歳になって怖いからそばにいてほしいなんて今思えば情けなさすぎる。

「…、」

『勢いで出てきちゃったんで後戻りできなくなっちゃって…、とにかく見つけたらすぐ連れ戻そうと思ってたんですけど…、』

委員長を頼ろうとしたことや考えなしで出てきてしまったことを怒られるだろうか。軽率な行動だったと今では反省している。私のような力を持たない奴は大人しくしている方が賢明だった。

「君は馬鹿だね。」

『う"っ…、すみません…。』

「まぁ行動力は悪くないかな。」

『え、怒らないんですか?』

「別に。興味ないよ。君は本能的に僕を頼ったんだ。それが君の生き方なら否定しない。それに、」

『それに?』

「君は思ったよりも僕に懐いているみたいだから。僕を探して歩き回るくらいにはね。」

『なっ、それは、だからっ、必死で、』

「傍にいてほしいんでしょ。」

ぐ、これは揶揄われているな。顔に熱が集中し、委員長の方を向けなかった。私は切ったうさぎ型の林檎に爪楊枝を刺し、彼に渡した。

『治ったら早く戻ってきてくださいね。業務が溜まってるんで。』

「寂しいから早く戻ってきてって言ったらどうだい。」

『だ、だからっ!寂しいとかじゃないですから!』

「ふーん。」

わずかに笑いながら林檎を平らげる委員長。先ほど怒っていたとは思えないくらい上機嫌だ。私は彼からお皿を受け取り、片付けた。

『もう寝てください。また明日行きますね。』

「眠れない。」

『じゃあとりあえず安静にしててください。』

「花莉、歌って、校歌。」

『嫌ですよ。さっき恥ずかしい思いをしたので。』

「さっき僕のことを音痴と言ったのは見逃してあげよう。」

『喜んで歌わせていただきます。』

やっぱり音痴と言ったのが聞こえていたのか。私はリモコンでベッドの上部分戻し、委員長の肩まで布団をかけた。そして、校歌を少し小さめの声で歌った。幼子をあやす子守唄のように。歌い終わると、静かな寝息が聞こえてきたので、今度はちゃんと寝ているのだろう。私は音を立てないように病室を出た。

『おやすみなさい委員長。いい夢を。』