Innamorarsi?
『ああ〜っ!忙しい!!』
襲撃から1ヶ月が経とうとしていた。委員長不在の中、委員長が処理していた事務仕事は私が担当し、並盛の見回りや制裁等は草壁君を筆頭に回している。襲撃から一週間は、襲撃についての処理に追われていた。そのため普段の業務は滞り、書類の山だけが溜まっていった。やっと普段の業務を行うことが出来ると思えば、委員長の判子が必要だったり、相談しなければ判断できない問題ばかり。まったく進まなかった。それでも限られた時間の中で出来るだけのことはした。しかし、毎日処理をしても書類はどんどんと積み重ねられていく。
「そろそろ休んだらどうだ。」
『うーん、もうちょっとー。』
「お前はよくやってる。あの書類が短期間でこれだけ減ったんだ。」
『そうだね、すごく自分を褒めたいよ。でも委員長が帰ってくるまでにはスッキリさせておきたいんだ。』
あの人をドヤ顔で迎えたいから、一枚でも書類は残しておきたくない。そんな思いを察した草壁君は、甘いコーヒーミルクを入れてくれた。
「星影は委員長のことが好きなのか?」
『ぶはっ!?なっ、なに突然っ!』
思わぬ質問に咳き込み、口の周りを汚してしまった。すぐにハンカチで拭き、飛び散ったコーヒーミルクを拭いた。良かった書類が汚れなくて。
「お前は結構委員長に懐いてるだろ?」
『人を猫みたいに言わないでもらえるかな!?懐いてないよ!』
「そうか。他の奴らとも話してたんだが。委員長はお前を信頼してるし、気を許してるんじゃないかって思ったんだ。」
『そうだったらどんなに良いか…、』
「お前自身委員長のことどう思ってるんだよ。」
『えええ。』
委員長のことをどう思ってるかなんて改めて考えると難しい。最初はやっぱり怖かったし、なるべく関わりたくなかった。でも風紀委員会に入って、関わることが多くなった。生意気なこと言うと咬み殺されそうになるし、人使いの荒さはトップクラス。でもちゃんと仕事をすれば認めてくれる。なんとなく委員長の良さが最近わかってきたなぁとは思う。この間の事件もすぐ動いていて、頼りになったし。確実に尊敬はするようになった。
『いざという時に頼りになるし、あの人は良い意味でも悪い意味でも芯がブレないから尊敬してる。あと寝顔が可愛い。』
「最後のそれはいるのか。」
『大切だよ!人間愛嬌がなくっちゃ!』
「そうか、まぁ俺達は応援してるぞ。委員長を好きになったら全力で援護してやる。」
『心強すぎるけどそんな日が来るとは思えない…。』
「わからないぞ。恋は突然落ちてくるものだからな。」
『どこのアドバイザーですか?』
なんかよくわからないけど、恋をしたら草壁君のところは行こう。彼なら良いアドバイスをしてくれそうだ。
草壁君は見回りに夕方の見回りに出て行き、私は事務仕事に専念した。そして努力の甲斐があって午後19時を過ぎた頃には全ての書類を処理することが出来た。
『終わったー。つーかーれーたー。』
グッと体を伸ばし、パソコンを閉じる。ふと、委員長がいつも使っているデスクが目に入ったので側に寄ってみた。
『ここの椅子座ってみたかったんだよね。…わ、ふかふか。』
さすが委員長が座っている椅子なだけあってふかふかで心地良かった。デスクに突っ伏し、まだ帰らぬ委員長を思い浮かべた。
『早く帰ってこないかなぁ。』
明日の書類は少ないといいな、なんて考えているうちに私の意識は闇へと落ちていったのだった。
***
『ん…、』
「起きた?」
『うん……寝ちゃってた……、』
なんだ、私はあのまま寝てしまったのか。机から上半身を起こし、ごしごしと目を擦った。すると私が普段仕事をしている来客用のソファーに委員長が座っていた。なんだ委員長戻ったのか。
『…………ん!?委員長………!?』
「やっと頭ハッキリしたわけ?」
『えっ、あっ、なんでっ、』
「退院したから。」
『す、す、すみませんっ!!今すぐ退くので!!!いつも座ってたわけじゃないんですよ!!さっき偶然座りたくなって!!ふ、ふかふかだったので!!』
「別にいいよ。」
ガタリと椅子から勢いよく立ち上がると、私の肩から何かがパサリと椅子の上に落ちた。それは黒色の学ランだった。恐る恐る手に取ると、それは委員長のだと気づく。
『か、けてくれたんですか…、』
「君が涎を垂らして気持ちよさそうに寝てたから。」
『え"っ、』
「冗談だよ。寒そうにしてから、かけただけ。」
きゅうん、と心臓のあたりが締め付けられたような気がした。なんだこれは。草壁君が変な話をするから意識してしまうではないか。
『もう怪我は大丈夫なんですか?』
「1ヶ月も休んだからね。これ以上休んだら体が鈍る。」
『そうですか、良かった…。』
「はぁ、草壁の言う通りだった。」
『な、何がです?』
「君がここ数日、無理をして仕事に取り組んでるってね。」
『別に無理なんか、』
草壁君の裏切り者!と心の中で密かにキレた。委員長にチクるなと釘を刺しておけばよかった。委員長はソファーから立ち上がり、私のそばまで歩いてきた。そして、彼の指は私の目の下をそっと撫でる。
「くま、出来てるよ。」
『これは…その、』
何も言えなくて、無意識に学ランをギュッと抱きしめた。少しでもいいから委員長のことを支えたかった。完璧に仕事をこなして、あの人を迎えたかった。でも、無理をしたことがバレてしまったら意味がない。委員長に認められたい、そんな欲が出た罰なのだろうか。
「ありがとう、花莉。」
『え…、』
「安心して休めたよ。君にしては上出来だった。」
委員長がくれたのは私が一番欲しかった言葉だった。なんだか色んな感情が込み上げてきて、目頭が熱くなるのを感じた。だめ、こんなところで泣いちゃ。私はまた貴方に言いたいことがあるんだから。
『委員長、』
『おかえりなさい…、』
うまく笑えただろうか。ずっと貴方の帰りを待っていた。貴方がいない風紀委員会は、風紀委員会じゃないんだから。貴方がいるから、皆が同じ方向へ進んでいけるんですよ。
彼におかえりなさいと伝えた直後、唇に柔らかな何かが触れた。それを委員長の唇だと気付いたのは、彼が私から離れた数分後だった。
『えっ、えええ?』
−黒曜編 END−