始まりの夢

「取るに足らない世界だ。」

誰かが諦めたようにそう吐き捨てた。目を開ければ、一人の少年が背を向けて佇んでいた。私には気づいていない様子だった。寂しそうな、孤独な背中に胸の辺りが痛んだ。この少年の傍にいたい、不思議とそう思った。

世界は闇に包まれ、沢山の血濡れた手が彼の足元から伸ばされ、ずぶずぶと暗闇へ引きずり込んでいこうとした。少年は抵抗をしなかった。底なし沼のように体が暗闇に沈んでいく。

顔は見えないのに、泣いてるような気がした。本当に泣いているかなんてわからない。憶測かもしれない。それでも、私は手を掴みたかった。

ほとんど暗闇に沈んでいたけれど、最後まで残っていたのは彼が上に伸ばしてくれていた手だった。彼なりの最大で、最後の抵抗だったのかもしれない。私はその手を掴み、力一杯引っ張った。すると、空間にヒビが入り、闇が消え去っていく。あたりに広がるのはどこまでも続く草原と星空だった。

俯く少年の体を抱き締めた。小さくて、まだ細い体。この少年を一人にしてはいけない気がした。否、一人にしたくはなかった。どうしてこんな気持ちになるのかは分からなかった。ただ、傍にいたいと。それだけだった。

「これが貴女の世界なのですね。」

抱き締めた腕を話して少年を見ると、彼はいつの間にか青年へと姿を変えていた。風が二人の間を通り抜け、髪を揺らす。赤色と青色のオッドアイが印象的だった。

「貴女の瞳のようだ。」

頬を滑る手があまりにも優しくて、冷たい。その手の上に自らの手を添えれば、彼から怒りや憎しみ、悲しみを感じた。青年は驚いた表情を見せる。

「何故、泣いているのですか。」

彼の言っている意味がわからなかった。しかし、その意味を瞬時に理解する。私の瞳から涙が流れているのだ。自分でもどうして泣いているのかわからない。ただ止めどなく溢れてくる。

「泣かないでください。」

困ったように笑う彼は、指先から砂のように崩れていった。時間切れですね、とボソリと呟き、私から一歩距離を取る。

「貴女を必ず見つけてみせます。覚悟していてください。」

その言葉が、彼の最後の言葉だった。



***



ピピピと、機械音で目が覚める。時計のスイッチを押して鬱陶しい音を止めた。汗をびっしょりとかき、あまりの不快感にすぐに上半身を起こした。洗面所に行って鏡を見れば、目尻から雫が溢れているのを確認できた。

『リアル過ぎる…、』

あの夢は一体なんだったのだろうか。そんなことを思いながら、私は涙と汗を全て水で流してしまった。

これが始まりだったとは知らずに。