不器用な優しさ
※微グロ注意
『はああああ、疲れた。』
体の力を抜き、ベッドに全てを預けた。ふかふかの布団に私の体が沈み込む。ここに来てから至れり尽くせりで、なんだか肌がつやつやになった気がする。大体のことはメイドさんがやってくれるのだ。ずっといるとダメ人間になるだろう。ホテルは洋風だが寝着は浴衣かネグリジェかを選べるのでありがたかった。ネグリジェなんて来たら違和感で眠れなくなりそうだ。
私はもぞもぞと布団の中へと入り、枕に頭を乗せた。今日も色々なことがあって疲れたため、すぐにでも寝ることが出来そうだった。もう意識がぽやぽやとしている中、少し離れたところでカタン、という音がなった気がした。なんだか怖くなって電気をつけた直後、何者かに口元を押さえられ、ベッドに押し倒された。首元に冷たいものがあてがわれている。
『!?』
「死にたくなければ騒ぐなよ…。」
私を押さえているのはヴァリアーではない。下品に嗤う目の前の男は、私の首にナイフを当てていた。どこから入ったのか、そしていつからいたのかはわからない。そしてこの人の目的も。
「お前…その目…なんだぁ?高く売れそうだなぁ…。」
『んーんっ!んんっ!』
そうだ、今はコンタクトなんてしていないから私の瑠璃色の目が露わになっている。それに気づいた目の前の男はさらに笑みを深めた。
「二つくり抜いて持って帰るか…、目的はXANXUSの首だったが…お前の目を持ち帰るだけでも十分だな。…だが、その前に…、」
『っ!?んんっ、』
鎖骨あたりにぬるりとした何かが這った。生暖かくて気持ちが悪い。目の前の男はナイスをしまい、私の浴衣に手をかけた。しゅるりと帯を解かれて、胸元が緩くなってしまう。
「楽しませてくれよ…?」
『んんんっ!!』
嫌だ、こんな男に…っ、誰か…!!
口元を押さえる手を両手で退かそうと試みるが、全く動かない。もうダメだと諦めた直後、けたたましい音と共に血飛沫が部屋を赤く染めた。ドアの方を見ると、XANXUSさんは手を前に出していた。その手は光っていたがすぐにその光は消えていく。
何が起こったのかわからなかった。私の口元を押さえていた手は、どしゃりと私の顔の横へ落ちていく。下品な笑みを浮かべていた顔はもうない。首から下が私の上に落ちた。
『あっ、ぁあ……っ、いやぁあぁああ!!!!』
「洗って連れてこい。」
「承知致しました。」
すぐにこの場を去る彼。XANXUSさんが、殺したのだ。私の目の前で人が死んだ。血が、溢れて、
『う"…ぇっ……!』
何故忘れていたんだろう。私が踏み込もうとしていた世界は、これが当たり前だということを。簡単に命を奪い、そして奪われる。私の考えが甘かったのだ。この指輪を賭けた戦いも、今まで誰かが命を落とすことはなかった。だけど、明日また誰かが命を落とすかもしれない。そういう世界なんだ。
「花莉様、お身体を綺麗にしに行きましょう。こちらへどうぞ。」
何人かのメイドさんは私の上から死体を取り除き、それを片付けようとしている。私は血だらけの体のまま、浴室へと向かった。震える体を抱きしめるように。
***
体を綺麗にし、今度は浴衣ではなくネグリジェのようなものを着せられた。XANXUSさんの元へ行くからだろうか。メイドさんは大きな扉の前まで連れてきてくれた。この間通された場所とは違う部屋だ。
「XANXUS様、お連れしました。」
「入れ。」
大きな部屋がゆっくりと開き、私は一歩前へ踏み込み、その部屋へと入る。扉はすぐに閉まり、静寂に包まれた。高級そうな椅子に座り、お酒を飲むXANXUSさん。ベッドがあるため、彼の自室のようだった。
『あ、の…、』
声が震えてしまう。まださっきの光景が頭からこびりついて離れない。私はぎゅっと両手の拳を握り、お辞儀をする。
『助けてくれて、ありがとうございました…っ、』
「…、」
彼は何も言わない。助けたつもりはないということだろうか。私はどうしていいか分からず、自分の服を握った。
『で、では、失礼します。おやすみなさい。』
「今日からお前の部屋はここだ。」
『え…、』
彼の言っている意味がわからなかった。私の部屋はここ、ということはXANXUSさんは違う部屋に移動するのか?いや、そんなわけがない。となると、私とXANXUSさんが同じ部屋で過ごすということ以外考えられない。
「あの部屋に戻るか。」
『…いえ、』
あの血だらけの部屋か、ここの部屋かという選択だ。私に最初から選択肢など与えられてはいない。黙って俺の言うことを聞いてろと言う無言の圧を感じる。私は大人しくこの部屋で寝ることにした。しかし問題なのが寝る場所だ。ベッドはもちろん馬鹿みたいに大きいのが一つしかない。流石に彼と同じベッドでは寝ることはできないだろう。それこそレヴィさんに殺される。私はベッドから少し離れたソファに座る。特に何も言われないのでソファの背の方を向いて体を預けた。
XANXUSさんがグラスにお酒を注ぐ音、カランと氷がグラスに当たる音しかこの部屋に響かない。そんな中で私はまた先ほどのことを思い出してしまった。瞼を閉じればその光景を鮮明に思い出してしまう。私はこれに慣れなければならないのか。飛び散る赤、鼻を覆うような鉄の匂い、冷たい体。
『…っ、はぁ…っ、はぁ…っ、』
慣れたくない。こんなことに慣れたくないのに。いつか私も誰かの命を簡単に奪ってしまうようになるのだろうか。そんなの嫌だ。気持ち悪い。さっき吐くものは全て吐いた。呼吸するのが苦しい。自分で呼吸が荒くなっていくのがわかる。過呼吸とまではいかないが、寸前だ。
「ちっ…おい。」
『はぁ…っ、はぁっ…っ!?』
急に腕を引かれ、腰を抱かれた。足が爪先立ちになったが、彼が腰を支えてくれているおかげで倒れることはない。
『んぅ…っ!?』
いつの間にか私の側に来ていたXANXUSさんは私の唇を乱暴に奪った。突然の出来事に、目を見開く。口内ににゅるりと生暖かいものが侵入し、私の舌を絡めとっていく。
『ん、…ふっ、ぅ、』
体中にわずかに電気が走るような、ビリビリとした感覚が襲う。私は彼の胸板を押すが、ビクともしなかった。口内で彼の舌が歯列をなぞり、逃げようとする舌を捕まえようと深く深く唇を重ねた。味わったことのない感覚に膝がガクガクと揺れ始める。
『んっ、いき、できなっ…、』
先程とは別の意味で息が出来なくなりそうになっていた。私は力無く彼の胸板を叩いた。すると、彼はわざとらしく、ちゅ、と音を立てて唇を離した。
『ぷはっ、…し、死ぬかと…、』
「餓鬼が。早く寝ろ。」
『えっ、えっ、』
やっと解放されたと思ったら、体を担がれて、ベッドに放り投げられる。ベッドが柔らかいため痛くはない。
『あの、私はソファで、…ふぎゃっ、』
「寝ろ。」
彼の大きな手は私の顔を掴み、枕へ押し付けた。ここにいてもいいと言うことだろうか。しかしやり方がやや雑なことが気になるな。
「思い出すな。忘れろ。」
『!!』
彼なりの気遣いなんだ。さっきの口付けも私が過呼吸になりかけていたからだ。先程の不安が徐々に溶けていくような感覚だった。初めて垣間見えたその不器用な優しさに冷え切った足が体温を取り戻す。
『ざん…ざす…さん……ありが、とう…ござ…い…ま………、』
私は案外、すとんと眠りについた。彼の不器用な優しさに包まれながら。もっと彼のことを知りたいと、そう願った。