奇跡か呪いか
赤い、あかい、血の色だった。耳をつんざくような誰かの悲鳴が聞こえる。銃声が、肉を削ぐ音が、こびりついて離れない。これはお前の業だと、誰かが耳元で囁いた。
『…っ!!』
悪夢から逃げるように目が覚めた。外はもう明るくなっていて、朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。起き上がって周りを見たが、XANXUSさんの姿はなかった。彼は結局私の隣で寝たのだろうか。そっと私が寝ていた場所の隣に触れてみると僅かだが温もりが残っていた。よかった、この部屋の主人を差し置いてこのベッドを占領していなくて。少しホッとしながらも、私は急いでベッドから降り、部屋の扉をそっと開けた。すると部屋の外にはメイドさんが立っており、制服を持っていてくれていた。制服に着替え、メイドさんにベッドのシーツをかえてほしいと頼んだ。起きた時にビッショリと汗をかいてしまっていたためだ。きっとこんなことを頼まなくてもやってくれるのだろうけど一応伝えた。部屋を出て大広間に向かう。だいたいそこにXANXUSさんはいるからだ。
『XANXUSさん、花莉です。』
「入れ。」
私はゆっくりと扉を開けて、XANXUSさんの側まで歩いた。彼はこちらを見ず、足を組んで座っていた。
『昨夜はベッドを貸していただいてありがとうございました。…あと、昨日の、その、私を襲ってきた人のことなんですけど…、』
「カス以下のファミリーだ。」
『彼のファミリーまで…わかったんですか…?』
「昨夜潰しに行かせた。」
『−−−っ!?』
頭を鈍器で殴られたような、そんな感覚だった。彼の言ったことはつまり、もうそのファミリーはいないということ。全員死んだのだ。
『な、なんで…なんでですか…?』
「…俺の所有物に触れたから、そう言ったらてめぇはどうすんだ?」
『!!』
私の、せいだ−−−、
彼の赤い目が私の心を見透かすように私を捉えていた。込み上げてくる何かに耐えられず、私は部屋を飛び出して走った。
私のせいで、
私のせいで死んだんだ。
『…っ、う、ぐっ…、』
流れ込むようにトイレに入って、胃をひっくり返したように全てを吐き出した。私のせいで何人もの人間が死んだ。私がいなければ、死なずに済んだ人もいたかもしれないのに。
『う"…ぇっ、はぁ…っ、はぁっ、』
きっと家族がいる人だっていたはずだ。それが一夜にしてその命を奪われた。直接的手を下したのは私ではない。でも、間接的に殺したのは私だ。
『アハ、ハハハ…っ、ぅっ、うぅ…っ、ああぁあああぁあ!!!!』
どれだけ泣いても、叫んでも、失った命は戻ってこない。私がいなければよかったんだ。私がいなければ、
吐くものを吐き尽くし、ふらりとたどり着いたのはテラスだった。ホテルの最上階のため、下を見れば地面が遠い。私を嘲笑うかのように澄み切った青空が広がっている。
こんなこと望んでいなかった。私はただ普通に暮らしたかっただけなのに。これから先、私は理不尽に誰かの命を奪うのだろう。誰かの命を奪うくらいなら私は−−−、
この高さなら、私でも死ぬことが出来るだろうか。一度、子供をかばってダンプに轢かれたことがあった。即死してもおかしくない大怪我だったのに、私は運良く助かったのだ。誰もが驚いていた。その生還は奇跡だと。
本当にあれは奇跡なのだろうか。生にしがみつき、誰かの命を犠牲に生きながらえているのではないだろうか。私はそう疑問を持つようになった。私の代わりに他の誰かの命が奪われる。それは奇跡ではない。
呪いだ。
『…………、』
空を見上げれば憎いほど青い空だった。忌々しい星空の下で死ぬくらいなら青空の下で死にたいと決めている。でも、わかっているんだ。本当は死ねないということを。いや、死にたくないということを。
誰かが自分のせいで傷つくのは嫌だ。誰かが自分のせいで死ぬのは嫌だ。だけど、私は死ぬのが怖い。私さえいなければと思う反面、怖くて死ねないと思う自分もいる。結局自分が可愛くて仕方がないんだ。愚かで醜いこの気持ちが憎い。所詮卑しい人間でしかなかった。誰かのためにこの命を投げ出す勇気なんて、私にはなかった。
『ふっ、うっ…うぅっ……、なんで…なんでよ…っ、』
涙が溢れて止まらない。こんなところで泣いている暇なんてないのに。どうして私はこんなにも弱いの。
空を仰いで、気がすむまで泣いた。
そんな私を陰で見ている人がいたなんて、気付くはずなかったのだった。