親の愛情

「花莉様、こちらです。」

『綱吉君のお父さん、こんにちは。』

丁寧な言葉使い、そして私をお嬢さんと呼ばないのは私の立場を尊重しているのだろうか。出来ればやめてほしい。

「家光とお呼びください。」

『家光さん、あの、この度は無理を言ってしまって申し訳ありませんでした。』

「いやいや、XANXUSの様子はどうしでした?」

『落ち着いていました。傷だらけで痛そうでしたけど…、』

「そうですか、」

先ほどとは違う大きな病院の廊下を家光さんと2人で歩く。なんだか少し緊張してしまう。私はこれから9代目に会うのだ。9代目と会うのは二度目。初めて会った時は話したわけでもないので、今日が初めて会うという感覚だ。

「9代目、花莉様をお連れしました。」

「入りなさい。」

家光さんが、病室の扉を開けてくれる。私は重い一歩を踏み出した。中にいたのは、マフィアのボスとは思えない穏やかな顔をして笑うお爺さん。それでも緊張で強張った体が緩むことはなかった。

「よく来てくれたね花莉さん。無理を言ってしまってすまなかった。」

『い、いえ…、お体は大丈夫ですか?』

「ああ、君が私を治してくれたそうだね。ありがとう、本当に感謝している。」

意図的に治したと言うわけではない。あの時は正直無意識に等しい状態で、自分でも何をやったのかわからなかったのだ。それを感謝されてもあまりピンとこなくて、どこかぎごちない笑顔で返事をした。

「君にはとても怖い思いをさせてしまった。辛かっただろう。」

『…、』

否定の言葉が出てこない。だって、怖かったのだから。できることなら巻き込まれたくなかった。痛い思いもした。辛い思いもした。このやりきれない感情をどこにぶつければいいのかわからなくて何度も泣いた。けれど、どうにもならなかった。

「リボーンから聞いただろう。君が生まれながらにしてその瞳を持って生まれた意味を。」

『………はい。』

「だが、そんなことはどうでもいいんだよ。」

『え…、』

「その瞳はどうしてあげることもできない。だが、君はその瞳に縛られなくてもいいんだ。」

『どういう…ことですか…?』

彼の言っている意味がよくわからなかった。私はすでに半分覚醒していると聞いた。故に星空の娘としてその責務を全うし、ボンゴレと共にいてほしいと言われるのかと思っていたんだ。それを縛られなくてもいいとは一体どういうことなのだろうか。

「ここまで巻き込んでしまって、今さら虫のいいことだとわかっている。だが、君の人生を縛るつもりはない。花莉さんは、花莉さんの人生を自由に、そして幸せに生きてほしい。これが私の…そして君の両親の願いなんだ。」

『私の…両親ですか?』

「そうだ。特に君の母親…ヴェネレは君をその責務から解放してあげたいと強く願っていた。何年もかけて、星空の娘がおらずとも世界の均衡を保つ方法を研究し続けていたんだ。」

『どうして…、』

「君の幸せを、誰より願っていたからだよ。ヴェネレは君が生まれてから本当に幸せそうだった。そして同時に、悲しみに満ちていた。メテオーラ一族はどうしてもその瞳から逃れることはできない。その責務を君に背負わせてしまうことが何よりの後悔だったんだ。」

『…、』

「ヴェネレと一星は君を誰よりも愛していたよ。」

『…!!』

何か熱いものが込み上げてくる。両親の顔すら知らないのに。嬉しいのか、悲しいのかわからない。色んな感情がぐちゃぐちゃになって、整理ができない。私は俯き、顔を上げられずにいた。9代目の顔を真っ直ぐに見ることができない。

「君に受け取ってほしいものがある。家光…。」

「はい。」

家光さんは私の目の前に箱を持ってきた。長方形の箱だ。蓋にはボンゴレとは違う紋章が刻んである。

「これは私が君の両親から預かったものだ。頃合いを見て渡してほしいと頼まれた。」

私は家光さんの持つ箱を恐る恐る開けてみた。箱の中には3つのリングが入っている。2つはペアリングのようで、シルバーのシンプルなリングだった。その2つにはそれぞれ桃色の石と空色の石がはめこまれている。そしてもう1つは星空を映した石がはめこまれたシルバーのリング。ペアリングよりも少し大きいようだ。

「真ん中の星空のような石がはめこまれたリングは、代々メテオーラ一族で受け継がれている、ステラリングと呼ばれるもの。そして他の2つはヴェネレと一星の結婚指輪なんだ。」

『結婚指輪…?』

「君に持っていてほしいと願い、私に託した。その2つが唯一、君に残された両親の遺品だ。」

『…………、』

私は震える手でペアリングを持った。すると、その瞬間、頭に何かが流れ込んでくる。愛おしそうに、赤ん坊を抱きしめている。

「「花莉。」」

優しい声でその名を呼んだ。ああ、そうか。これは両親の記憶。きっとほんの一部に過ぎないのだろう。だけど、もう充分だ。もう充分、本当の両親に愛されていることがわかった。満ち溢れた感情が、瞳からポロポロと溢れていく。ぎゅっと2つのリングを握りしめて、静かに泣いた。その様子を9代目も家光さんも穏やかな表情で見守っていてくれた。

『…すみません、お見苦しいところをお見せして…。このリングは首にかけておきます。』

「ではこのチェーンに通してください。壊れにくい特別製のもので出来ています。」

『ありがとうございます。』

私はステラリングを挟むようにしてペアリングと一緒にチェーンに通し、首にかけた。どうしてかわからないけど、とても心強い気持ちになれた。

『大切にします。』

「ああ、そうしてあげなさい。…そうだ、君はXANXUSを怒ってくれたと聞いたんだが…、」

『!!…す、すみません…!あ、あの、平手打ちをしてしまいました…!』

「そのことも聞いたよ。ありがとう、息子のために怒ってくれて。」

『ひ、平手打ちですよ…?』

「いいんだ。XANXUSの周りにはXANXUSを本気で叱る者などいなかった。皆が恐れおののき、ご機嫌をとるように諂っていた。そんな中で、君が真っ直ぐにXANXUSを見て、叱って向き合ってくれた。父としてこんなに嬉しいことはない。」

本当に嬉しそうな顔をして笑っている。この件に関しては怒られてもいいはずなのに。

「XANXUSの処分はこれから決めるところでね。」

『そう…ですか…、』

XANXUSさんの罪の重さはわからない。でもきっと、軽いものではないのだろう。XANXUSさんもそれは覚悟しているはずだ。

『わ、私、そろそろ失礼させていただきます。』

「ああ、今日は突然呼び出してすまなかったね。次は病室ではないところで会いたい。」

『そうですね、お体大事になさってください。リングもありがとうございました。』

私はぺこりとお辞儀をして、ドアの前まで歩いていった。そして、ピタリと止まり、振り返る。

『……9代目の息子さん、私が襲われた時、一番最初に助けてくれたんです。勇敢で強くて、とても優しい素敵な息子さんでしたよ…。』

「!!」

私は一言だけ言って、病室を後にした。
罪を軽くしてほしいなんて言わない。XANXUSさんはXANXUSさんで罪を償うべきだと思う。それでも、これくらい伝えたっていいじゃない。きっと、9代目にとって素敵な息子さんなんだから。

「………っ、…XANXUS…っ、」

「私も、彼女の意見に同感です。」

「ありがとう…………っ、」

9代目は顔を抑えて、涙を流した。その涙は、決して悲しいものではなかったのだった。