記憶の海に沈む

始まりの記憶は、私とよく顔が似ている女の人だった。何度も何度も大切な人の命が奪われていくのをその女の人の視点で見ていた。胸が張り裂けそうになるくらい痛くて、苦しかった。もうやめて、何度も何度も叫んだし、泣いた。大切な人を何人も失った。その責務を果たすまで死ぬことを許されず周りが死に絶えていくのを見ていることしかできない。逃げられることはなかった。けれど、優しく包み込むように名前を呼んでくれる愛しい人がいた。初めてこんな気持ちになったの。愛おしい、この人の隣にいたい。名前を呼んでくれるのに、ノイズでかき消されてしまう。お願い、もっと名を呼んで−−−。

その人の娘が、2人目の星空の娘だった。2人目はその力を悪用した。泣いて許しを請う人々を軽んじ、命を奪っていった。自ら肉を削ぐ感覚に、気がおかしくなりそうだ。気持ち悪い、どうしてこんなことができるの。肉をぶちぶちと切る感覚、銃で人を撃ち抜く瞬間、全てがリアルでいっそ殺して欲しかった。

3人目、4人目…今は何人目の記憶だろうか。私は一体誰なのだろうか。

人を殺すのが楽しくてたまらない。
人を見下し、跪かせる感覚が楽しい。
私を傷つけるものは全て死ねばいい。
何も守れない自分が情けない。
この力を使って世界を支配してやる。
早く孕んでこの役目を押し付けたい。
この力を誰かになんて譲ってやらない。

これは、だれの、かんじょうなの。

「花莉。」

聞いたことのある声だった。ああ、そうだ、これは私の母の記憶。

「私の子で、ごめんなさい花莉。この力を受け継がせてごめんなさい。」

愛おしい。新しく誕生する我が子が、愛おしくてたまらない。けれど、この業を受け継がせてしまうことが何よりも悲しくて、悔しい。

「それでも、嬉しいの。私のところへ来てくれてありがとう。どうか、無事に生まれてね。」

涙が溢れて止まらない。何よりも愛おしくて、大切で、私の−−−花莉たからもの

「私は何よりも貴女の幸せを願っているわ…。」

そこで1周目の記憶は終わった。どぷん、と記憶の海に投げ出されて、沈んでいく。まるで、映像が何度も何度もリピートされるように、何人もの彼女達を"経験"した。その度に深く、深く、深く、沈んでいった。もう光すら届かない場所まで沈んで、何も見えない。

「貴女は何を望むの?」

声が響いた。私はこの声を知っている。この声は星空の始まり。初代、星空の娘。

「権力、名声、お金、愛。貴女が望めば手に入る。」

わからない。私が今欲しいものは一体何なのだろう。この力で何を手に入れてもきっと空っぽで残るのは虚しさだけ。だったら私は、

『み……ら、い………。』

「!」

『私は………、大切な人達と笑う、未来が欲しい……。母が願ってくれた…っ、幸せな未来が欲しい………っ。』

特別じゃなくたっていい。世界とか、権力とか、どうだっていい。多くは望まないから、

『大切な人と…っ、他愛のない日常が過ごせる、未来をください…っ、』

これが、私の答え。
すると、光が差し込み辺りが明るく照らされる。私の目の前にいたのは、星のようなブロンドの髪に、星空を映した瞳。初代星空の娘だった。

「貴女の望みを、受け取ったわ。貴女には貴女の星の輝きがある。いつもその煌めきを心に持っていて。星が貴女の力になってくれるから。」

彼女は泡になって徐々に消えてしまう。待って、貴女にはまだ聞きたいことが、

『貴女の名前は…っ、』

「!…Nebulosa…。ネブローサよ。またね、私の可愛い子孫。」

そうだ、彼が優しく貴女の名前を呼んでいた。ノイズでかき消されていた記憶の一部が晴れていくようだった。

「ネブローサ、愛してるよ。」

ああ、貴女も同じ気持ちだったんだね。だって、こんなに幸せで、愛おしさが溢れてくる。そうだ、彼の名は…、

「『−−−−−。』」

愛おしい人−−−。