涙すら奪われる

この時代に来て数日が経った。来た当初は食べ物が喉を通らなくて大変だった。今なら多くはないが少しずつ食事も取れるようになってきた。ここでの生活に慣れ始めている自分がいる。白蘭さんが怖いのは変わらないけれど。

ミルフィオーレの隊服に身を包む自分がここに染められそうで嫌だ。黒いワイシャツに白いミニのタイトスカートに黒いブーツ、そして隊服の上着。正直並中の制服が恋しい。ただ、この黒いワイシャツの袖に風紀の腕章をつけている。これがあるだけで自分は強くなれる気がするからだ。この腕章だけは手放すことは出来ない。

『このリングもね…、』

ずっと首にかけていた両親の結婚指輪とメテオーラのステラリング。もう首にかけるのはやめて隊服のポケットに入れている。首にかけて白蘭さんに取られるのも嫌なのでポケットに隠し入れておくことにした。

「花莉ちゃん。」

『…、』

自分の名を呼ぶ声に思わず小さなため息をこぼした。1日に何回この部屋に来るのだろうか。

「酷いなぁため息つくなんて。幸せ逃げちゃうよ?」

『そう思うなら私を解放してください。そうすればため息も減ります。』

「やだよ。せっかく僕のものになったのに。」

『私は貴方のものじゃありません。』

ここまで口答え出来るようになったとは。自分でも驚きだ。今でも彼が怖いし、なるべく近づきたくない。けれど私が怯える度に楽しそうな顔になるのが癪で、彼に僅かな反抗の態度を見せてみた。彼は私を殺さないから出来ることかもしれない。ただ本気で怒らせないようにはしている。その辺をうまく調整しながら私もあがいていた。白蘭さんにはその魂胆もお見通しのようだけど。

「今日は君に朗報を持ってきたんだよ。」

『朗報…?』

「沢田綱吉クン達も過去から来たらしいよ。君のいた過去からね。」

『えっ、』

まさか綱吉君達も過去から来たなんて。思いもしなかった朗報に顔が綻んだ。孤独感が消えていく。私は1人じゃないんだと思わせてくれた。

「喜んでるけど、彼等はボンゴレリングを持ってきてくれたみたいだよ?」

『!!』

「ふふ、この時代にはないボンゴレリングを彼等が持ってきた、この意味がわかるよね?」

『…奪う……つもりですか…?』

「当たり前でしょ?」

『…っ、』

一旦喜ばせておいて、絶望させるなんてやっぱり嫌な人だ。つまり、過去からやってきた綱吉君達を殺し、ボンゴレリングを奪うことを私にわざわざ宣言しにきたのだ。この時代の綱吉君は殺されてしまったのに過去の綱吉君がこの人に勝てるわけがない。勝敗は始まる前からついている。

「そうそう、その顔が見たかったんだよね。」

『っ最低です。』

「そんなこと言わないで。君の知らないところで全部終わらせておいてあげるからさ。」

『や…、やめてください!何故命まで奪う必要があるんですか…っ!綱吉君達だってまだ子どもです!!』

「もうこの世界に入ってるんだから彼等も覚悟の上だよ。君もわかってるんでしょ?」

ああ、この人に何を言っても無駄だ。そうだ、言って聞くような人ならこんな世界にならなかった。どうしたらいいの、私には何も出来ないの。ぎゅっと拳を握り、奥歯を噛み締めた。己の無力さが嫌になる。

「泣かないで、僕の可愛い花莉ちゃん。」

悪魔はそう言って私の涙を舐めた。