伊弉冉一二三



※一二三、独歩の幼馴染夢主
※夢主に対して女性恐怖症無し



膨大な業務という鞭で叩かれ続け早数十時間、漸く自宅へ帰れる。仕事場近くの駅の終電にはいつもは数人乗り合わせるが今日は珍しく私1人で、そのおかげで人目を気にする事なくだらけた体勢で座席に座った。
家に着いたらまずご飯を作って、明日…いやもう今日になるか、休みだから遅くまで寝て…あ、トイレットペーパー切れそうだったから買わないと…。ボーッと考えているうちにいつのまにか最寄駅に着いていて、乗り過ごさない様超スピードで電車から降りた。今ので残り少なかった体力が更に消耗してしまったのでもうギリギリ状態。これがゲームだと画面も赤く点滅してると思う。ご飯作るの面倒だからインスタントにしようかな…。
するとスマホから“ポコポコッ”と聞き慣れた音がバッグから聞こえてきた。すぐにスマホを確認するとそれは幼馴染からのもので、その内容を見た途端身体を蝕んでいた疲れは一気に吹き飛んでしまい早足で自宅へと向かった。


◇◇◇


「名前ちんおっかえり〜!お仕事お疲れ様!」


エプロンを身につけホストの時とは違う、柔らかい笑顔で出迎えてくれる幼馴染の姿にに尋常じゃない速度で回復されていると、ジッと見るだけの私を不思議に思ったのか首を傾げた。そんな姿もかっこいいのだから顔が良いって本当に羨ましいと思う。


「ん?どしたの?」
「ううん。ただいま、一二三」
「ご飯にする?お風呂にする?それとも…俺っちに「ご飯にする」ちょっ!遮んなしー!」


さっさと先に行く私の後ろを一二三は「もうちょっとノッてくれてもいいじゃんかよ〜」とぶつくさ言いながら着いてくる。


「そういえば今日はどうしたの?」
「え? この前家行くねって電話したんだけど、覚えてねぇ?」
「……そうだった」


一二三が言ってくれたから思い出した。数日前「名前って今週の土曜休み? そうだったら金曜の夜名前ん家に泊まりに行っていーい?」と電話があったんだ。休みが被るなら久しぶりに遊びたいって言われて、嬉しくて即オーケーしたというのに。


「すっかり忘れてた…ごめんなさい」
「謝んなって、俺っち全然気にしてねーし!早くご飯食べよっ?冷めたら美味しくなくなるぞ〜」
「う、うん」


リビングに入ると一二三は素早く座布団を敷いてくれたかと思えば左手を胸に添え、右手は座布団を指して顔を此方へ向けた。


「それではプリンセス、どうぞこちらへ」
「えっ何でホストモード?」


表情や仕草は流石本業というのに格好といい場所といいアンバランス過ぎる。誘われるまま座ったが、可笑しな状況に堪えきれず吹き出してしまった。


「ブフッ!スウェットのホストって初めて見た…しかも座布団って…ヨレヨレだし…フフッ」
「へへっ斬新でいいっしょ!ご飯持ってくるからちょっち待っててね」


そう言って立ち上がる一二三の後ろ姿を眺め、ふともう1人の幼馴染の事が気になった。


「そういえば独歩は…」
「今日何かのプレゼン?をホテルのホールでやるとかで明日まで帰ってこねーんだって」
「そうなんだ…相変わらず大変そうだね」


一二三は偶にこうして来てくれるから会えているけど、独歩とはメールでやり取りはするもののお互い社畜の為かここ数ヶ月会っていない。


「久しぶりに一緒に飲みに行きたいな」
「何なに?俺っちという男がいながら浮気?! やだ俺っち泣いちゃう!」
「はいはい。一二三も一緒に行くでしょ?」
「行くー!」


単純過ぎかな。独歩にメールを送った直ぐ後一二三のご持って来てくれた月見うどんに目を奪われた。艶やかな黄味とネギが載っていて、優しい香りに涎が落ちそうになる。


「わぁ〜美味しそう!」
「あったかいうちにお食べ〜火傷しないよう気をつけろよ」
「ありがとう!いただきます」


早速息を吹きかけ麺を口に入れるとお出汁の美味しさが口いっぱいに広がった。箸が止まらない程の美味しさに堪能していたら、向かい側に座る一二三はじーっと此方を見つめていた。


「な、何?」
「んー? 名前めっちゃ美味しそうに食べてくれるな〜と思って」
「ええっそんなに顔に出てた?」
「うん。めちゃくちゃ出てた」


昔から顔に出やすいって言われてきて自分でも気をつけているつもりだけど、どうやら気の置けない相手の前だと全く出来ていないらしい。次からもっと気をつけないと。そう思いながら食べるのを再開するが、それからも私を見つめてくる一二三に何だか居心地悪くなってしまう。その表情はとても嬉しそうで、とろけるような笑顔をしていて、段々恥ずかしくなってきた。


「…そんなに見られると食べづらいよ」
「え〜?だって可愛いんだもん」
「もんって…。あと可愛くないから」


三十路目前の男がだもんって。でも一二三だと許しちゃう…まぁイケメンに対して甘くなってしまうのは女として仕方ない事…、いや私が甘いだけなのかな。でも可愛いと言われた事に関してはしっかり否定した。


「え〜名前は可愛いよ? 今みたいにご飯美味しそーに食べてくれるとことか、この前俺ん家でわんこの映画観て号泣したりとか怒られてぶすくれるとことか、全部可愛い」


突然どうした。混乱する気持ちを抱きならも一二三が言い終えた頃には私の顔はすっかり熱くなっていて、多分一二三にもバレてる。現に今すっごいニヤけられてるから。


「赤くなってるとこもかーわい」
「一二三今日酔ってる?」
「ひっで〜酔ってねぇし! でもまぁ久しぶりに会えたから、名前に酔ってんのかも」
「…病院行く?」
「病気扱いかよ!んも〜名前ちん鈍すぎ!鈍ちん!!」
「わっちょっと!」


まだ食べてる途中だというのに構わず勢いよく抱きついてきた一二三に押し倒されないよう全身の力を込めて踏ん張る。


「どうしたの? 今日の一二三、いつも以上に変だよ」
「だってぇ…名前、全然気づいてくれない…俺の気持ち」
「一二三の…?」


すると一二三は抱き締める力を強めてきた。
昔、まだ幼かった時ふざけて抱きついた事があったけどその頃より遥かに筋肉がついていて、男性らしくなっている。同い年で同じ目線だった身長も、今では全然違う。
こうして体を密着させているからこそ実感させられる性別の違いに内心戸惑ってしまう。心臓もバクバクと大きな音を立てて緊張してる私の気持ちを知らないで一二三は私の肩に頭を乗せてきた。


「俺、初めて会った時から名前の事好きだよ」
「っ!」


耳元で囁かれ、かかる息がくすぐったかったけどそれよりも一二三の口から放たれた言葉に息を飲んだ。


「…一二三が、私を…?」
「うん。ずーっと名前だけ好き。名前が一番可愛い。大好き。愛してる」
「ちょっそんな立て続けに言わないで…っ」


次々放たれる愛の言葉に心臓の鼓動が早くなり音も更に大きくなってるような気がする。まるで爆発しそうな勢いだ。


「…あーもう、俺っち超ダッセー…本当はもっとかっこよくキメてから告る予定だったのに…久しぶりに会えてのが嬉しくて、名前への気持ちが溢れて…ハァア……」


ため息をついて肩に顔を埋めてくる一二三。こう言うのも何だけど、本当に私の事好きなんだな、と今の彼の状態を見て納得してしまった。


「一二三、顔見たいから離れて」
「ヤダ」
「そんな駄々っ子みたいな事いわないでよ」
「今の俺っち超カッコ悪い。顔見せらんない、ずっとこうしてる」


流石にずっと抱きしめられるの嫌だよ私。


「それは困るけど、でも一二三はどんな状態でもかっこいいよ」
「……本当?」
「ほんとほんと。だから顔見せて?」


すると一二三はゆっくりと抱きしめていた体を離してくれた。その表情はムスッとしていて、かっこいいというより可愛いと思ってしまった。


「その、一二三の気持ち、すっごく嬉しいよ。でも私好きとかよくわからないというか…正直、一二三の事そういう風に見たこと無いの」
「そんなのとっくに知ってるって」
「は?」


一二三の返しに思わず喧嘩腰になってしまった。だって必死に言葉を選んだのに何なんだけどその反応!今さっきまでカッコ悪い〜ってメソメソしてたくせにあっけらかんとしやがってこのやろう!


「俺らどんだけの付き合いだと思ってんだよ〜! そんぐらい見りゃ分かるって! これまでだって2人きりでもぜ〜んぜん意識してくれてないし? 今だってそうだし…脈無いのだって…分かって…グス…」
「私が言うのもアレだけど、何で自分で傷を抉っちゃうかな」
「う〜…別にいいし!これから意識してもらったらいい話だし!つーわけで覚悟してろよ名前!お前のこと絶っっっ対、おとしてみせるかんな!!」


挑戦的な笑みを浮かべ指をさす一二三に「人を指すのやめようね」と注意すると「冷静過ぎじゃね?! 俺っち早速めげそうなんだけど!!」と涙目になってしまった。そのままビールを取りにキッチンの方へ向かった一二三の背中を見ながら、抱き締められたの時のことを思い出していた。あの時感じていたドキドキは突然されたからなのかそれとも一二三だったからなのか分からない、けど…


「(抱き締められたの嬉しかった、かも)」


素直に言ったら喜んでくれるかな…恥ずかしいから言えないけど。思い出したせいか少しドキドキしながらも残っていた汁を飲もうと口をつけたがもうすっかり冷め切っていた。そこでふと今日一二三が泊まっていく事も思い出し、これはちょっとヤバいかもしれない、とビールを持って笑みを浮かべる一二三を見ながら1人冷や汗を流した。

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