山田家と血の繋がらない長女


「一郎、この子は名前ちゃんっていうの。お母さんの友達の子供さんで、あなたの1つ年下なの」

仲良くしてねと微笑む母さんに俺は元気よくわかったと言って頷いた。紹介された名前は母さんの後ろに体を隠し、顔だけ出しており少し怯えているようだ。

「名前っていうのか、良い名前だな」

名前を褒めると名前は驚いた顔をした後「…ありがとう」と目を細めた。警戒心が少し解けたらしい。こっちで一緒遊ぼうと誘うと小さな歩幅で向かってくる。トコトコと可愛い擬音が聞こえてきそうだと思った。

「俺は一郎って言うんだ。よろしくな」

「うんっ」

それが名前との初めての出会いだった。


◇◇◇


「…兄、いち兄ー」

自分を呼ぶ声が聞こえる。それに答える様に瞼を開くと、名前の顔が目と鼻の先にあった。睫毛の長さがわかる程近い距離に「ぅおっ?!」と大きく声を上げてしまい、それに驚いた名前も「うわぁびっくりした!」と体を仰け反る。

「おっおま、近ぇよ!」

「だっていち兄、全然起きないんだもん」

体揺らしても起きないなんて珍しいねと名前は不思議そうに俺を見つめた。
視線が何だか気まずくて名前の頭を雑に撫で「俺だって寝過しちまう日くらいあるさ」と笑って誤魔化した。

名前は俺を“いち兄”と呼ぶが、本当の兄妹ではない。元々俺の両親と名前の両親は学生時代からの友人で、よく俺ん家に遊びに来ていた。しかし小学生に上がる頃、名前の両親は不慮の事故で亡くなってしまい、引き取り手のない彼女をうちに迎える事になったのだ。

「うぁーっ折角綺麗にしたのに!いち兄のバカ!」

半泣きになりながら髪を直す名前に昔だったら頭を撫でられて喜ばれてたんだけどな、と夢の中で再会した幼い頃の妹を少し愛しく感じた。
すると控えめな足音が聞こえてきて、俺の部屋の前で止んだ。

「名前姉、もう行かないと遅刻しますよ…あっいち兄おはようございます!挨拶して早々悪いのですが僕達学校行ってきますね」

そんな時間まで寝ていたのか。申し訳なさそうにしている三郎に声をかけようとするとドタドタと大きな足音が段々近づいてくる。

「姉ちゃーん! 俺の体操着何処にあるか知らない?!」

名前に助けを求める二郎は半泣きになっていた。

「えっ昨日準備して玄関の前に置いておいたよね?」

「あっ…そうだった!」

そんな二郎の様子を間近で見ている三郎ははぁと大きくため息をつく。

「そうやって困ったら名前姉に頼る癖いい加減直したら? あっそうか、お前は低脳だから迷惑かかってるのさえもわかってないのか」

「あ"あ"っ?! てめぇ、誰が低脳だとコラ!!」

「こら!朝から喧嘩しない!」と2人を宥める名前に同調して「兄弟仲良くしろっていつも言ってるだろ」と注意すると名前は顔を顰めて「いち兄はいち兄で今日は仕事ないからってぐーたらし過ぎ」と逆に注意されてしまった。
二郎と三郎は叱られた名前の手前言い合いを続ける訳にもいかず、不服そうながらも「いってきます」と俺にきちんと挨拶して玄関へと向かう2人に「おお、気をつけてな」と後ろ姿を見送る。

「あっそうだ、昼ご飯は冷蔵庫の中にあるからチンして食べてね」

まるで子供に言い聞かせるような言い方だ。妹じゃなくてお袋みたいだな、なんて口に出せばきっと怒られてしまうから絶対言えないけど。

「おう、ありがとな。…あ、名前」

「ん?」

「今日の晩飯、お前の好きなオムライスだから真っ直ぐ帰ってこいよ」

「本当?! やった!いち兄のオムライス美味しいから凄く嬉しい!」

先程弟たちに見せた姉の顔から一変、オムライスなのが相当嬉しいのか今は目を細め無邪気に笑い俺にしか見せない妹の顔になっている。「いってきます!」と意気揚々に2人の元へと走る名前が可愛くて、気づけばにやけてしまっていた。これは気合入れて作らないとな、と可愛い妹が作ってくれた朝食を食べる為リビングへと向かった。





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