山田一郎
付き合って1年になる彼氏から別れて欲しいと言われた。「名前の事やっぱ女として見れない。かと言って友達に戻る事もできないから、もう連絡とかしないで欲しい」以上が最後に告げられた一文である。ははっ、笑わすな。
「だったら最初からオッケーすんなこのやろーーーーーーーッ!!!!」
気づけば、公園のベンチでブランコを漕ぎながら叫ぶ女子大生という滑稽な光景が出来上がっていた。夜中だし、周辺も空き家になったから注意されることもないだろう。人も通ってなくて良かった。
「名前さんそんなとこで何してんすか」
良くない!人いた!しかも知り合い!
年下の幼馴染である一郎君からの疑問を含んだ視線をビシビシと感じ、とりあえず平静を装い「一郎君こそこんな夜中に何してるの?」と聞き返した。ほんとは質問を質問で返すのは良くないけれどフラれて傷心してたってのは歳上のプライドもあり出来れば言いたくはない。
「俺はさっきやっと依頼が片付いたんで帰ってたんすよ。そんで叫び声聞こえたんで何だろうと思って来たら名前さんがいたんで、急いで来ました」
あ、聞かれてた。恥ずかしさの余り顔が熱くなってきたが、周りは暗いから赤くなっているのはバレていないはずだ。
「そうなんだ。ごめんね、でも大丈夫だから」
「…そんな顔して言われても説得力ないっすよ」
そんな顔ってどんな顔だろ、と思ったが何となく聞ける空気じゃない事だけは察した。
「もう夜遅いんで家まで送ります」
「…いや、私まだ少しここにいるよ。一郎君こそ仕事終わりで疲れてるでしょ? 早く帰って休まないと、」
「俺の事より今は自分の事考えてください」
いつも笑顔で接する一郎君がこんな真剣な表情をするなんて初めてだ。そんな彼から目を逸らしたくてもそらせず、お互い見つめ合う形になっていた。
「名前さん、今自分がどんな顔してるかわかりますか?」
一郎君からの質問に私は顔をゆっくりと横に振った。
「…すっげー泣きそうな顔してますよ」
どうやら、気持ちがそのまま顔に出ていたらしい。その一言のおかげで抑えていた感情が溢れ出てきて、自然と目から涙が一粒、また一粒とポロポロ落ちていった。そして先程まで守ろうとしていた歳上のプライドはいつのまにか脆くなり、崩れていた。
「……付き合ってた人、高校の時からずっと好きな人だったんだ。優しくて明るくて、この人の隣にいたいって思える人で…大学も同じとこに入れて、それで勇気を出して告白したの。そしたら良いよって言って貰えて、すっごく嬉しかった。でも1ヶ月前から連絡が返ってこない事が多くなって、デートも用事があるって断られるようになって……それで今日、別れようって、言われて…」
自分が言葉を発する度に彼との関係はもう終わってしまったのだと実感してきて、落ちていく涙の量もどんどん増えてきた。止めようと思っても止められず、自分でもどうしたら良いのかわからなくなってきた。
その時、両手が温かさに包まれた。
今まで私の話を黙って聞いていた一郎君が手を握ってくれたのだ。
「一郎君…?」
「俺、名前さんがそいつの事めちゃくちゃ好きだったの知ってます。だってそんな名前さんの事、俺はずっと見てたから」
少し顔を俯かせていた一郎君は親指で私の手を軽く撫でており、くすぐったいがそのおかげで少しずつ落ち着いてきた気がする。
「名前さんはいつも優しくて真っ直ぐで、だから一途に想われてるあいつが羨ましくて仕方なかった」
あれ、待って、話の流れが掴めないぞ。
困惑している私の気持ちなど露知らず、一郎君は言い終えたと同時に俯かせていた顔を上げた。
「俺、ずっと名前さんの事が好きなんです。付き合う事聞いた後も、その気持ちは変わりませんでした」
一直線に私を見つめる一郎君の言葉に、脳の機能が全停止したような感覚に陥った。
…好き?誰が…一郎君が?誰を……私を?
………へ?
「すんません。こんな時に言うの、自分でも良くないって分かってるんすけど…」
「……えと、あの、……本当に?」
「嘘ついてるように見えます?」
「…見えない、です」
彼がそういった冗談は言わないのは昔から一緒にいる為よく知っている。けど、あまりに突然の告白を受け止めれる力は持っていない。
「返事はすぐじゃなくていいっすよ。待つのは得意なんで…今までも我慢できてたし」
「そんなに前から、私の事好きでいてくれたの?」
「はい」
全然気づかなかった。
一郎君の事は自分の中では可愛い弟みたいな存在でそういった目で見たことは彼には悪いが一度も無かった。
「少しずつでいいんです。俺の事、弟としてじゃなくて男として見てほしい」
彼の言葉に思わずドキッとしてしまった。もしかして一郎君ってエスパーじゃないのか。今私が考えていたことに対して見事に的を射てきたのだから少し恐怖さえ感じる。
「それでも俺と付き合えないなら、その時は潔く諦めます」
私があの人の背中を追っていた時、彼は私の背中を見守っていたのだと思うと心が苦しくなる。私が一郎君の立場ならきっと諦めていた。でも一郎君は諦めきれず、伝えたくても伝えられない想いをずっと心に秘めていたんだ。そんな彼の気持ちに私は向き合う必要がある。
「私、まだ彼の事が好きだよ。いつかは冷めるかもしれないけど、それがいつになるかはわからない…それでも良いの?」
「さっきも言ったでしょ、待つの得意ですから問題ないっすよ」
そう言って呆れたように笑いを零し、「そろそろ帰りましょう」と私の手を引く一郎君。
これから先彼の事を異性として見て、でも付き合えないとなったらこうして一緒にいる事も出来なくなるんだろうか。
そう思うと少し足取りが重くなってくるがそうなると手を引いてくれている彼に気づかれてしまうかもしれない、と思い意識して足を動かす。
「言っときますけど、フラれたからって俺は名前さんから離れるなんて事しませんから」
やっぱり一郎君はエスパーだと思う。
でもその言葉を聞いて安心してしまう自分もいる。
「優しいね、一郎君は」
「ここまでするのは名前さんにだけっすよ」
こんなにしてくれる彼の気持ちと少しずつでも向き合いたい、と思った。
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