9




寂雷さんから帰りが遅い私を心配するメッセージや留守電が何件か入っていた。電車に乗った後に気づいたのもあり、少し話し込んでしまって今電車に乗った事と晩御飯は先に食べてていい事を送った。
するとすぐに返信がきた。

“何かあったのかと思ったから安心したよ。ご飯は棗と一緒に食べたいから待ってるね”

思わず「うっ…」と小さく唸ってしまった。
寂雷さんは歳上だけれど、時々こんな可愛い事を言ってくるので正直心臓に悪い。いや嬉しいんだけどね。するとスマホがブルルと震え、メッセージが来た事を知らせた。

“駅まで迎えに行こうか?”

寂雷さんからの提案は嬉しいけれど、昨日も来てもらったから申し訳ない。それに駅から自宅のマンションまでの距離も歩いて5分くらいだ。

(ありがとう、大丈夫だよ、と…)

お決まりの小熊のスタンプも一緒に付けて送るとスマホから目を離し、車窓から見える景色を眺める。
先程まで明るかった空は既に黒く染まっていて、そのおかげで高いビルやお店から放たれている光は一段とキラキラと輝いていた。

確か、この景色を初めて見た時、隣にいたのは父だった。母を早くに亡くしてからたった1人で私を育ててくれた父は仕事上一緒にいれる時間は少なかったけれど、仕事が休みの日は疲れているはずなのに私の行きたいところに連れて行ってくれたり、欲しいものを買ってくれたりしてくれた。
そんな優しい父に大きくなったら沢山働いて、そのお金で自分が父の行きたいところに連れていって、欲しいものを買ってあげるんだと、早く大人になりたいと日々願っていた。
けれど心のうちに秘めていた計画は実行されないままとなってしまった。

ふとした瞬間に父の事を思い出すのはこれまでも何回もあった。思い出す度に溢れ出しそうになる涙を何度も我慢し、私も父の元に行きたいと願った。
そして、その度に傍にいてくれたのは寂雷さんだった。父と過ごしてきた日々を求めてしまう私を優しく諭してくれる寂雷さんに、甘えていると自覚しているし、それを直接口にして伝えた事だってある。それでもあの人は柔らかい笑みを浮かべたまま私の頭を撫で、父を想う気持ちは大切にして欲しい事と、でもその気持ちを誤った方向へ向かわせないで欲しいと話してくれた。
その時、改めてこの人と出会えて良かったと心から思えた。

(早く帰りたい)

すると私の心を見透かしたかのように、『次は××駅ー…』と駅名を告げるアナウンスが車内で鳴り響いた。


△▼△


寂雷さんから指定されていつも通るこの道は夜でも人の通りがあり、治安も他の所より格段に良い。街灯もしっかりと道を照らしており、夜の暗さで恐怖を感じた事も無い。
自宅であるマンションへと段々と近づき、数分後やっと着いたと安堵していると門扉の前に人影が見える。その人が誰なのかは見た瞬間すぐにわかった。

「寂雷さん!」

「ああ、棗。おかえり」

にこりと微笑む寂雷さん。ただいま、と返したいがそれよりまず先に聞きたい事がある。

「何で外に?」

「いや、特に理由は無いのだけれど、早く棗に会いたくなってね。この時間ここは人の出入りも少ないから、外で待っていても大丈夫かなと思ったんだよ」

「そ、そうなんだぁ…」

あまりにも率直に言ってくるものだから腑抜けた声を出してしまった。
でも寂雷さんも私と同じ気持ちでいたんだなと思うと、嬉しい気持ちがどんどん溢れてきて、自然と口角が上がった。

「さて、棗も帰ってきた事だし…中に入ろうか」

「うんっ。…あ、寂雷さん」

「ん?」

「ただいま」

返し忘れていた言葉に、寂雷さんは浮かべていた笑みを深くさせた。

「うん、おかえり」





- 10 -

*前次#


ページ:




戻る