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出勤した時に既に出来上がっていた長蛇の列も、今では見る影もなし。今の時間にしては珍しくお客さんは1人もおらず、コンビニ内はゆったりとした時間が流れていた。
「いや〜さっきの混雑具合は何だったんだろうね…もう帰りたい…」
「頑張りましょう坂本さん!あと2時間の辛抱ですよ」
「あ〜言葉にすると短く聞こえるんだけどな〜」
パート歴5年の坂本さんがこんな事言うなんて、相当凄かったのだろう。正直私ももう帰りたいぐらい疲れた。何処か近くでイベントでもあってたのかな。その帰りでこっちに流れ込んできたとか。
「そういえば私昨日も出勤だったんだけどさ、ちょっとおかしいリーマンが来たんだよね」
「おかしいリーマン?」
「ほら、よく夜に栄養ドリンク買ってく隈が凄いリーマン、棗ちゃんも見た事あると思うけど」
「ああ!」
栄養ドリンク、隈、サラリーマンといわれ思い当たるのは、先日ようやく名前を知ることの出来た観音坂さんだ。…そういえば体の具合とか大丈夫かな…二日酔いってそんなに長引いたりしないとは思うけど。
「彼店の中入った途端キョロキョロしだしてね、その後10分くらいウロウロして結局いつもの栄養ドリンクしか買わなかったのよ」
「えっそうなんですか」
「いつもならパッと取ってすぐ帰るんだけどねぇ〜」
確かに坂本さんの言う通り、私の見る限りでも観音坂さんは立ち読みしたり何気なく商品を眺めたりする所を見たことがない。商品を取って直ぐに会計に持って来る辺り、冷やかしはしないタイプなんだと思っていた。
「誰かと待ち合わせしてて暇つぶししてたとかですかね」
「どうだろうねぇ…あっ!しまった!」
「わっどうしました?」
「ドラマの予約忘れてたっ!!」
「ちょっと息子に頼んでくるから少しだけ任せてもいい?」と涙目で手を合わせる坂本さんにいいですよと笑って答える。
この前言ってた恋愛ドラマの事かな…オススメされたけど、ストーリー聞く限りかなりドロドロな展開だから手出しづらいんだよなぁ…。熱弁してくれた坂本さんに申し訳ない気持ちでいると、来店を知らせるチャイムが店内に鳴り響いた。「いらっしゃいませ」と挨拶すると、今さっき話題の中心になってた観音坂さんが、いつもと同じスーツ姿で立ち止まっていた。
「観音坂さん!数日ぶりですね」
「…あっ、えっと…そう、ですね…」
話しかけると観音坂さんは途端に視線を右、左と彷徨わせた。何か言いたそうに見えるけど…もしかして馴れ馴れしいって思われちゃったかな。そう思い謝ろうとした瞬間、観音坂さんは遠慮がちに口を開いた。
「あの、九条さん」
「はっはい!何でしょう?」
「この間は酔いつぶれていたところを助けて頂いて、ありがとうございました。もしあの時、九条さんに声を掛けられてなかったらあの場で一夜を過ごしていたと思います…心から感謝申し上げます…!」
深々と頭を下げる観音坂さんに慌ててしまって、思わずレジから離れて彼の元へ駆け寄った。
「いやいやそんなっ!お礼なんて言われる立場じゃないです、私何にも出来てませんし…。あの、体の具合とか悪くないですか?」
「はっはい、この通りピンピン…には見えないかもしれないですけど、すっごく元気なので心配無用です」
「それなら良かったです! 帰った後も大丈夫かなって心配してたんですけど、その言葉を聞いて安心しました」
「…天使過ぎる…」
「え? すみません、上手く聞き取れなかったんですけど…」
「いっ!?いいいいえ気にしないで下さい只の独り言ですので九条さんの耳に聞き入れる程の事ではないです!」
「わ、わかりました、気にしないでおきますね」
先程までのおどおどとした雰囲気から一変、早口で気迫の有る言い方に少しびっくりしながらも頷いた。何だか観音坂さんの新たな一面を見れた気がする。
すると私の様子を見て何を誤解したのか、観音坂さんは顔を青くさせ「すみませんすみませんっ!俺が気持ち悪い事を呟いてしまったせいで九条さんに不快な思いをさせてしまって本当に申し訳ありませんっ!」と何度も何度も頭を下げた。
そんな彼を宥めようとすると、ポケットから紙切れがゆっくりと床に落ちていくのが見えた。着地した紙切れを拾い見てみると、この間私が渡したクシャクシャの焼き鳥無料券だった。するとそれに気づいた観音坂さんは謝るのをやめ、「あ?!! そ、それは、えっと…」と言葉を詰まらせた。
「持っていてくれたんですね! あ、でもあの時は強引に渡してしまってすみません。迷惑でしたよね」
「とっとんでもないです! あの時は突然で動揺しましたけど、本当にすごく嬉しかったです」
そう言って優しい笑みを浮かべてくれた観音坂さん。そんな彼の優しさが嬉しくて思わず頬が緩んでしまう。
「その、気持ち伝えたくて九条さんがいる時に使おうって決めてて…だから今日、九条さんがいてくれて良かったです」
「ああっ成る程! そうだったんですね」
観音坂さんからの言葉を聞いて、昨日の行動に合点がいった。そうか、私のことを探してくれていたんだ。一人で納得する私を見て、観音坂さんは不思議そうに首を傾げた。
「それじゃあどれにします?心を込めてお取りしますね!」
「ええと、それじゃあ…鶏モモの塩とぼんじりを…」
「かしこまりました!少々お待ち下さいね」
いつもと同じ手つきでトレーに焼き鳥を入れ、スーツ姿の観音坂さんにお疲れ様ですと労いの気持ちを込めてゴムで縛り袋に入れた。
「お待たせしました。今日もお仕事お疲れ様です」
「! あ、ありがとう、ございます…!」
一瞬目を見開きながらも笑いながら焼き鳥を受け取る観音坂さんに私も笑顔で返す。すると突然、観音坂さんはそわそわと落ち着かない様子で顔を俯かせた。何やら呟いているようだけど声量が小さいので聞こえづらく、とりあえず見守っていると、「よし…やってやる、やってやるぞ…!」と何やら意を決したような発言にやっと声を聞き取れたと喜んだ瞬間、観音坂さんは勢いよく顔を上げた。
「その…九条さん!これ!!」
名刺を渡す時のように丁寧に差し出されたのは、ヨコハマで人気の水族館のチケットだった。いつか行ってみたいなぁと思っていた所の一つだけど、この状況からしてもしかすると、
「私に、ですか?」
「はっはい! ゆっ友人から貰ったものなんですけど、その…よ、良かったら、おっおおお俺……俺…、」
「…? 観音坂さん?」
「…俺以外と行ってきて下さい! これもう一枚のチケットです! それじゃあ!」
「えっあのっ!? 観音坂さーん?!」
チケット2枚を無理やり握らせた後すぐ走り出した観音坂さんを呼び止めたけど聞いてもらえず、今までのおどおどとした雰囲気からは考えられない程の超スピードで去って行った。
「…どうしよう、これ」
「ごめーん! 息子がめっちゃ反抗期でさ〜中々言う事聞いてくれなくって…て、どうしたの?」
少しシワのついてしまった2枚のチケットを丁寧に折ってからポケットへと入れ込み、「何でもないです」と出来るだけ笑って答えた。
何故観音坂さんがチケットをくれたのか、そして帰る間際どうして泣きそうな表情をしていたのか。考えても何も分からず、モヤモヤとした気持ちはバイトが終わった後も当然続いた。
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