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「それじゃあ休憩入ります」
「はーい」
休憩室に入り、冷蔵庫に入れてあったプリンを取り出した。先週入荷したばかりの新作スイーツで、甘いものが苦手な人でも食べやすいと話題になってきている商品だ。
ここもずっと売り切れ状態だったが、学校帰りに他のお店に寄った所運良く残っていたのだ。
一体どれ程美味しいのか、ワクワクしながらテープを剥がしていると勢いよくドアが開いた。開けた張本人である先輩が困惑した表情で此方を見つめている。もしかして、何かトラブルがあっただろうか?
「何かあったんですか?」
「…あの、棗ちゃんってさ…ホストに通ってるの?」
「え?」
テレビでしか聞いたことのない単語に首を傾げると、先輩は何故かこそこそと此方へ近づいてきた。
「今レジで棗ちゃんの事探してる人いるんだけど、その人シンジュクで有名なホストなんだよ」
「え、でも私行ったこと無いですよ」
「だよね、そうだよね。行ってたら逆にショックだったよ…」
「でも、何で私の事を探してるんだろう」
「何か友人の事で話したいって言ってたけど」
友人…ホストをしている友達はいないはずだけど。
「とりあえずその人と会ってみます」
「だ、大丈夫?もし危ない人だったら…」
「その時は通報お願いします」
心配そうに私を見る先輩を置いて、レジに出ると綺麗なスーツを着ている男性が立っていた。反対を向いてるので後ろ姿しか見えないが、勇気を出して口を開いた。
「あの、私に何か用ですか?」
「ん?ああ、君が棗ちゃんかな」
キラキラしてる。
何がって聞かれたら何かもう、全てがキラキラしてる。非常に整った顔に抜群のスタイル…、イケメン好きな友達が見たら黄色い声をあげそうだ。友達の歓喜する姿を思い浮かべていると、ホストさんは軽く私の手を取った。
「独歩君から話は聞いていたけど、確かにとても可愛い子猫ちゃんだ」
「え…ええぇ…?」
子猫ちゃんと呼ばれたのは生まれて初めてだ。可愛いと言われたのは照れてしまうけどそれ以上に衝撃が凄くて困惑しかない。
でもこの人、今独歩って言ったよね。その名前で思い浮かぶのは常連さんであるあの人だけだ。
「もしかして観音坂さんのお知り合いですか?」
「そうさ!独歩君は唯一無二の親友でね、彼の事で君とお話ししたいと思ってここに来たんだ」
「そうなんですね。…申し訳ありませんが、外で待って頂いていいですか」
観音坂さんの友人であるなら悪い人ではないだろうが、ここでは色々と迷惑になってしまう。ホストさんは快く了承し、私も先輩に少し外に出ることを伝えた。
△▼△
「自己紹介が遅れたね…僕は伊弉冉一二三。シンジュクでホストをしているんだ、君があと少し大人になったら是非遊びに来てね」
「はあ…。あの、観音坂さんに何かあったんですか?」
「ああ。棗ちゃん、この前独歩君から水族館のチケットを貰わなかったかい?」
「先日貰いました。寂雷さんと行ってきて下さいって」
伊弉冉さんの表情が少し悲しげで、悲哀の含んだものに変わった。
「そのチケット、実は僕が独歩君に譲ったものでね…棗ちゃんと出かける口実になればと思ったんだ」
「え…?」
伊弉冉さんが言うには、観音坂さんは残業休日出勤当たり前なブラック企業に勤めているらしく、心身共に疲弊していたらしい。私は土日に出勤する事も多いが、その時もスーツ姿だったのでそこは何となくそうかなと思っていた。でも、私がバイトに入ってから変わったと言う。転職とかの話ではなく、気持ちの変化があったそうだ。
「棗ちゃんはいつも会計の後に笑顔で一言声を掛けてくれるから、それがとても嬉しいと言っていたんだ」
言葉は人を傷つける事もあるけど、救う事も出来る。私は寂雷さんの言葉に救われたから、寂雷さんや友達と楽しく過ごせている。
暗い表情の観音坂さんを見て、前の自分を重ねていたのかもしれない。救うなんて大層な事は出来ずとも少しでも元気になってくれたらと思って声を掛けていたのだけど、今の話を聞いて私の方が元気を貰った気分だ。
「正直、私のしている事はただの自己満足で迷惑を掛けてたんじゃないかなって思ってたんです…だから伊弉冉さんから話を聞けて自信が持てました。ありがとうございます」
「顔を上げて、棗ちゃん。お礼を言うのは此方の方さ。独歩君の事を元気付けてくれて、本当にありがとう」
お互いに頭を下げ合っている事が可笑しくなり、笑ってしまうと伊弉冉さんも笑い返してくれた。うーん、やっぱりかっこいい。
「それで本題なんだけど、よかったら独歩君と2人で会って欲しいんだ」
「…? 2人でですか?」
「ああ。独歩君は日頃君にお礼をしたいと思っていたからね。水族館は先生と存分に楽しんできて欲しいから、後日改めて予定を貰えないだろうか。勿論、強制はしないよ」
ふと先日の観音坂さん様子を思い出した。
最初、観音坂さんは“俺と水族館に行きませんか”と言いたかったんだ。声が震えていたけど、それ程緊張してくれてたのかな。
「私は全然構わないですけど、貴重なお休みを頂いて大丈夫なんでしょうか?」
「それについては全然問題ないよ!寧ろ君と過ごせる方が独歩君も喜ぶからね。この事は独歩君に伝えておくから、また彼から話があると思う。…その時は、焦らせず話を聞いてもらえるかい?」
「はい、勿論です」
「良かった!君は外見だけじゃなく、中身も天使なんだね」
「天使って…それは言い過ぎですよ」
恥ずかしさの微塵もなく言えるのはやっぱり職業柄なのか、それとも元々そうなのか。どちらにしろこれで落ちない女性はいないんだろうな。すると後ろから「棗ちゃん」と先輩から遠慮がちに声を掛けられた。あれから結構経っているので、休憩の時間が過ぎてるのかもしれない。
「すみません伊弉冉さん、私戻らないと」
「此方の方こそ休憩中に呼び出してしまってごめんね。それじゃあまたね、棗ちゃん」
立ち去る伊弉冉さんの後ろ姿を見送り、足早にお店に戻った。ホストの人って軽いイメージがあったけどそうじゃないんだな。…そういえばプリン、机に出しっぱなしだったかも…。とりあえず最初は休憩室に寄らないと。
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