気付いたら私たちは見知らぬ場所にいた。
そこがティル・ナ・ノーグと呼ばれる異世界で、私たちはその世界の技術によって「具現化」された「鏡映点」であるらしい。仕組みなどはきちんと理解できなかったけれど要するに私も他のみんなも違う世界にコピーされたようなもの、ということは何となく理解した。
この世界にはレイモーンの民だけでなくエルフや精霊と呼ばれる異種族もいて、私たちと同じ鏡映点の中にも訳ありの人たちが多いらしい。
黒衣の鏡士と呼ばれている少女の元へ集い彼女と共に戦う者。まだ異世界に具現化されたことにも気付かず事情が分からないなりに各地の大陸で生活している者。様々な思惑がありアスガルド帝国に身を置き黒衣の鏡士と敵対する者もいる。
私は——不本意ながらアスガルド帝国を離れられずにいた。理由は単純明快。ルキウスが実質的な人質として扱われているからだ。
彼はもうずっと意識がない状態だった。皇女メルクリアに心核が抜き取られラムダと呼ばれる別の生命を宿らされている。詳しい事情は私には分からないけれど心核……つまりは心を抜き取られたルキウスに自我は存在していない。更にラムダはルキウスの体がお気に召さなかったらしく暴れ出してしまったのでルキウスを眠らせておくしかなくなってしまった。
——ルキウスのことを何だと思っているのだろう。
彼だって生きている。私にとっては大切な家族だ。そんな家族の命を弄ばれ、彼の尊厳を傷つけられた。正直、怒りの気持ちが強い。
だけど私が逆らえばルキウスがどうなるかわからない。すぐに殺されてしまうという可能性は低いだろうけれど、これ以上ルキウスが酷い目に遭わされることに私が耐えられない。
「……アルエット、ルキウスのところに行ってたのか?」
「ああ、うん。相変わらず眠ったままだったけどね。……今はまだ起きたら暴れちゃうから仕方ないんだけど」
カイウスの言葉に苦笑する。私とルキウス、それからカイウス、ルビアは運良くというべきか具現化されたときから一緒だった。アスガルド帝国にルキウスが囚われてしまってからはずっとこの場所に留まっているけれど。
元の世界で私は今まで知らなかったルキウスのことを知った。彼がレイモーンの民の血を引いていること。生き別れた双子のお兄さんがいること。その人と敵対していること。
教会も黒騎士団もとある少年をずっと追っていた。その少年がカイウスという名であること、彼がレイモーンの民であることは私も知っていた。僧兵として何度か彼と戦うこともあった。まさか彼がルキウスの兄である、とは思わなかったし初めて知ったときは動揺したものだ。
レイモーンの民でありながら同族であるレイモーンの民を異端者として狩り続けるルキウスの痛みも苦しみも私は気付けなかった。血を分けた兄弟と敵対する苦悩も。だからこそ優しい少年がこれ以上苦しまずに済む世界を目指したい、と願っていた矢先にこれだ。
「あのさ、アルエットはずっとルキウスと一緒にいたんだろ?」
「ずっとって言っても十年くらいだけどね。子供の頃に出会って、成り行きで教皇様に助けていただいたの。ルキウスに出会わなければ私は生きていなかったかもしれない」
「オレ、弟がいることも知らなかったから」
「私もルキウスに兄がいるなんて知らなかったよ」
教皇様は私には何も仰らなかったし、ルキウスも自分からそのような話題を振ることはなかった。ルキウスがいつ事実を知ったのかは定かではないけれど少なくとも私と出会った頃はまだ知らなかったのではないかと思う。
事実を知ったルキウスに変化はあった筈だし家族なのにその変化を見落としてしまうなんて、と悔しくも思うけれどルキウス自身が話そうとしなかったのだから私に出来ることは何もなかっただろう。
「アルエットがいてくれたお陰で父さんがあんなことになっててもルキウスはひとりぼっちじゃなかったのかなって思ったんだ」
「……少しでもルキウスの心の拠り所になれていたのなら嬉しいけど、結局あの頃も今もルキウスを救えていないから」
だからこそ、この世界の私はルキウスを救いたいと願っている。