レイモーンの民として生を受けた私にとって、この世界は地獄だった。
まだ幼かった頃、地図にも載らないような小さな村で貧しいながらも幸せに暮らしていた私たち家族はレイモーンの民だとバレた途端に村から追い出された。村を襲った魔物を倒す為に悩んだ末に獣人化した父の姿を見て、人々はバケモノと恐れたのだ。
今までの恩義がある、立ち去る時間をやろう。三日以内にこの村を出て二度と姿を見せるな。そう言ったのは村長だった。彼は父と親しくしていたがその表情は父への親愛の情は一切感じられないものだった。
——神がヒトを作り、悪魔がリカンツを作った。
教会ではそのように教えられているらしい。ヒトにとって我々は悪魔が作ったバケモノなのだからのうのうと生きていることが過ちだとでも言いたいのだろうか。
行く先々で迫害を受けた末に母は力尽きて息を引き取り、父は心を病んだ。兄はレイモーンの民であることを一生隠したまま傭兵としてヒトの社会の中で生きていく選択をしたけれど、きっとザンクトゥと獣人化の能力を隠し続けるのは難しい。
私はまともに生きることさえ許されない自らの血を呪い、命を絶つつもりだったのだけれど。
「私が死ぬことを許さなかったのはあなたよ、ルキウス」
命を絶つ直前、私の目の前に現れた少年——ルキウスは私が死ぬことを許さなかった。
初対面の彼のことを私はよく知っている。忌々しい異端審問官……私たちレイモーンの民を迫害し、捕縛する為にある教会の役職で私は彼らに何度も追われてきた。
今更異端審問官が何の用だ。どうせ死ぬとしても彼らに捕まって裁判にかけられ処刑されるなんて死に方は御免だ。屈辱でしかない。そう思っていた私を捕縛するでもなく教会で迎え入れたルキウスのことが心の底から理解できなかった。
どうやら私たちが故郷を追われ、何年も各地を渡り歩いている間に教皇は倒れ、教会も改革が始まったらしい。
ルキウスが今の教皇で前教皇の息子であること、彼もまたレイモーンの民の血を引く者であることを知ったのはその時だ。何故レイモーンの民が異端者狩りを、だとか教皇の伴侶はレイモーンの民なのか、だとか疑問は尽きないけれど聞く気にはなれなかった。聞いたところで私たち家族の失ったものが戻るわけでもない。
「教会のしてきたこと、今でも恨んでる。だけどあなたが……レイモーンの血を引いているあなたがこの腐り果てた教会を立て直すというのなら、私はその行く末に興味がある」
「クロシェット、キミは……」
「レイモーンの民が教会の在り方を是正して、その先に待つのが差別のない世界なのか。それともレイモーンの民によるヒトへの復讐の始まりなのか」
「復讐させるつもりはない。受けてきた痛みをやり返したところで不幸の連鎖が続くだけだ」
地獄のようなこの世界が更なる地獄になるのか、私たちのような者でも穏やかに生きられる世界に変わるのか。正直に言うと、どちらでも構わない。
ただ、簡単ではないその道を歩もうとしているルキウス個人に私はとても興味を抱いている。
「クロシェットの気持ちはきっとボクには理解できないものだと思う。それでもボクはキミを少しでも知りたい」
「……私があなたを知りたいように、かしら」
一度負った傷は簡単に癒えるものではないけれども。その傷の奥にあるモノを見たいだなんて、物好きなヒト。