幻影を追う

*ザレイズ時空


「ありがとうございました、ルキウス様」

 小さな村の寂れた教会。その中で笑みを浮かべる少女の姿に、ルキウスは思わず息を呑んだ。
 アレウーラ領のとある村。貧しいながらも平和だったその村はある日を境に状況が一変した。どこからか現れた魔物に襲われるようになり、住民は何人も犠牲になった。村の大人たちが何とか追い払おうとしたが効果はなかったようだ。
 ティルキスとフォレストが持ち帰ってきたその情報を聞いて、真っ先に助けに行こうと言い出したのはカイウスだった。誰も反対することなく、アレウーラ領のことならカイウスたちが適任だろうというイクスとミリーナの判断もあり問題の村までやってきて難なく魔物を討伐したのがつい数時間前のこと。
 ——村の代表として謝辞を述べる少女の顔を、ルキウスはよく知っていた。だから教会に招かれて彼女の姿を目にしたとき、ひどく驚いた。

「……? ルキウス様、どうかなさいましたか?」
「…………いや、何でもないよ。知り合いに似ていたものだから、つい」

 彼女……クロシェットはどうやら鏡映点ではないらしい。元の世界での記憶は一切なく、ルキウス・ブリッジスという異端審問官との面識もない。鏡映点というのは具現化された世界において強い力を持つ者、世界に大きな影響を与えた存在だという。ならばクロシェットが鏡映点ではないのも当然かとルキウスは納得した。
 少女はとある村の司祭の娘だった。体が弱く、一度も村の外に出たことのなかった少女と出会った理由は単純明快。異端審問官としての任務遂行中、その村の司祭に協力を仰ぐ為に教会に立ち寄ったのだ。

「自分でも不思議なんですけど、ルキウス様とは初めてお会いした気がしないのです。もしかして、わたしとどこかで会ったことがあるのでは?」
「……ボクはつい先日まで体調を崩していて出歩くこともままならなかった。それ以前は自由に動けない境遇だったし、クロシェットと出会うようなタイミングはなかったよ」
「そう、ですか……」

 元の世界のクロシェットとも何度か言葉を交わした程度だった。彼女とは友人とすら呼べないような関係だったかもしれない。
 それでも彼女と過ごした時間は異端審問官としてレイモーンの民を追っていた当時のルキウスにとってほんの一瞬、安らぎとも呼べるものだった。

「でも、ルキウス様にお会いできて嬉しかったです。この村には同年代の子が殆どいませんし、わたしも病気がちであまり村から出られないので」

 元々病気がちだった少女がこちらの世界では健康そのもの、なんて可能性も低いだろうとは思っていたけれど。

「よろしければまた村までいらしてください。貧しいところなので大したもてなしは出来ないかもしれませんけれど……もうすぐお祭りもありますし」
「ボクが参加しても構わないのかな」
「ルキウス様の都合がつくならば、是非。祭りでは村で収穫された果物を使ったタルトも振る舞われるのですよ」
「……じゃあ、クロシェットや村の人たちが歓迎してくれるのならその時は是非」

 目の前の少女は自分の記憶の中のクロシェットとは違う存在なのかもしれないけれど、彼女と異世界で違う出会いを果たしたことが嬉しいと思うのだ。