壊れるほどの愛を込めて

 好きな人とは手を繋ぎたいしハグもしたいという欲求は私にもある。言葉で愛を伝えられるだけでも十分幸せだし、その言葉を疑うことはないけれども愛する人の温もりを感じてみたいという思いは、まあ、許してほしい。
 ただそれが叶うのはあくまでも好きになった相手が普通の人間だった場合に限られる。優しく触っただけでスマホを壊し、ポケモンの力を借りずとも鉄格子の扉を破壊してしまうような人間を相手にそのような接触を望むのは不可能に近い。

 ——出会いは数年前のことだ。夜、不用心に出歩いていた私は犯罪に巻き込まれて誘拐されかけた。ポケモンが入ったボールを奪われて、目が覚めたときには知らない部屋にいた。犯人の目的は分からないが最悪死んでしまうかもしれない、という事実に絶望していたところを助けてくれたのがシローさんだった。
 後々聞けば友人がいなくなった私を探していたときに偶然シローさんと出会い力を貸してもらったらしい。警察にも相談していたようだが警察よりも先に私を見つけて犯人を捕まえてしまった。
 事件後、暫くは恐怖で外出もできないような状態に陥ったがシローさんは何かと私のことを気にかけてくれていて、そんな姿を見ているうちにあっさりと恋に落ちてしまった。
 ジャスティスの会に入会し門下生となったのもその頃のこと。まだトラウマを完全に克服出来たわけではなかったけれどいつまでも引きこもっているわけにもいかないし、また似たような目に遭ったときに護身術でもあれば何かが変わると思ったのもある。私もポケモンも強くなって損をすることはない筈だ。
 ……片想いで終わると思っていた恋が何故か数年の時を経て成就したことについては未だに夢心地ではあるけれど。

「シローさんと手を繋ぐくらいなら……」
「ナマエの骨が折れる。おすすめはしない」
「でもデート中に手も繋げないのは寂しいし……」
「どうしてもというならシローに担がれたらいい。お姫様抱っこなら恐らくナマエの骨が犠牲になる確率も低い」
「そ、それはそれで問題じゃないかなあ!? ミアレの街で抱っこされながらデートする勇気は私にはないんだけど!」

 シローさんの妹、ムクちゃんのとんでもない意見に動揺して声がひっくり返る。
 好きな人に抱えられた状態でデートなど——想像しただけで顔がオクタンのように赤くなる。目立つだろうし、通行人の視線が突き刺さるし、何よりシローさんの顔が近くにあるというのは恥ずかしいし耐えきれない。目的地に到着する前に気絶しかねない。
 そもそも体重だって決して軽くはないし……いや、シローさんであれば平均体重くらいの女性なら軽々と抱えてしまいそうではあるけれどそれとこれとは話が別だ。

「でも、シローも最近はちょっとだけ気にして力加減を制御する訓練してる」
「訓練?」
「ナマエを怪我させるのはシローにとっても不本意。手を繋いだだけで骨を粉砕する可能性があるのは恋人以前に人として問題」

 それはまあ、確かに。私はその力強さも含めてシローさんのことが好きだけど、ムクちゃんはシローさんの尻拭いをする機会も多い分、思うところはあるだろう。
 恋人としても手を繋ぐことさえハードルが高い状況は仕方ないとはいえちょっと、何も思わないわけではないし。

「成果が出るかは別。あまり期待しないほうがいい」

 なんてムクちゃんは言っているけれど、好きな人が自分の為に努力しようと思ってくれた事実はどうしようもなく嬉しいものだ。仮に成果が出ず、何も変わらなかったとしても。



「暫くは力の加減を間違えずに済むよう鍛錬を積んでいたのです。ムクにもナマエさんの骨を砕く気かと怒られまして」

 しかし今のところはあまり効果が出ていないと申し訳なさそうな顔をするシローさんはちょっと可愛い。綺麗な顔立ちをしていて、いつも笑顔が可愛らしい人ではあると思っていたけれど。

「私は強くて頼もしいシローさんのこと好きですよ。力の加減だって焦らなくてもいいと思います」

 骨を砕かれるのは……流石に良い、とは言えないがシローさんに悪意があるわけではないのだし万が一彼からの愛情表現の結果大怪我をしたとしても受け入れる覚悟はある。
 とはいえ怪我をせずに済むのならそのほうがいいのは事実。それも今すぐどうにかしなければならないとは思わない。ムクちゃんには呆れられてしまうかもしれないけれど。

「ですがこのままではナマエさんに寂しい思いをさせてしまうのでは」
「毎日会ってお喋りできるだけでも幸せですけど、シローさんは私に寂しい思いをさせる気なんですか?」
「そんなことは!」
「もちろん気軽に手を繋いだり抱きしめたり出来るなら嬉しいです。でもシローさんが私の為に努力してくれているのは知っているので今はそれで十分かなと」

 何年後かにもっと恋人らしい触れ合いが出来るようになっていたら良いなと思いつつ、好きな人が自分の為に頑張る姿も愛おしいので今はそれで満足かもしれない。