或る片恋の終わり

 決して報われることのない恋をした。

 その人はある日コトブキムラへとやってきて、この辺りで唯一の集落である村で商いを始めた。彼はイチョウ商会、という組織に所属しているらしい。
 イチョウ商会は元々別の地方で商いをしていて、ヒスイ地方でも各地で集めたものを商品として扱っているのだという。
 他の地方の事情は知らないけれどヒスイ地方ではポケモンは怖い生き物とされていたし、野生ポケモンに襲われる危険が高い集落の外へ出られる人間はほんの僅かだ。イチョウ商会が外から持ってきてくれる、ムラではあまり見かけないきのみなどはコトブキムラの住人にとってとてもありがたいものだった。

 ポケモンを持たない私は生まれてから一度も一人で外の世界へ飛び出したことがない。幼い頃からポケモンは恐ろしい生き物だから決して近付いてはいけないよ、と父から強く言われてきた私は自然とポケモンは危険な生き物なのだと認識するようになり、ポケモンが潜んでいるような場所へは近寄らない癖がついた。
 きっと死ぬまで私は外の世界を知ることがないだろう。だから商いの為にポケモンを連れてまだ見ぬ世界を渡り歩く彼の姿は眩しくて、憧れだったのだ。

「ジブン、そろそろコトブキムラを離れようかと」
「…………お仕事ですか?」
「ええ、まあ。イチョウ商会の仕事はヒスイ地方以外でもありますからね」

 大きな荷物を抱えた彼——ウォロさんはいつものように笑みを浮かべる。その笑みの下で何を考えているのか、私には読み取れそうにない。
 ある日突然コトブキムラにやってきた人だ。いつか突然いなくなってしまう可能性を考えなかったわけではない。この人は狭い世界しか知らぬまま一生を終える私とは違うひと。私には手の届かない人だと、理解している。

「……寂しくなりそうですね」
「寂しく、ですか」
「だってきっと、ウォロさんはこの場所へは戻らないのでしょう? 私はあなたに会いに行けませんから」

 この恋は実らない、と最初から分かっていた。だから想いを告げるつもりもない。私も連れて行って、ともこの場所に残って、とも言えやしない。
 さようなら、とだけ告げて。彼の心の深い場所に私という存在が記憶されることもないだろう。……彼の存在は私の心の臓に深々と刺さって抜けない棘になる。私だけが、永遠に引きずって生きていく。
 これが最良の結末。最高の終点。そう信じて手を離すのだ。