キタカミの里で生まれ育った俺は大きくなってごく自然と海外の学校に進学した。
故郷ののどかな田園風景は決して嫌いではなかったし今も学校生活を送る中でふと思い出して懐かしい気持ちになることもあるがキタカミの里には学舎となるような場所はなかったし、何かを学ぼうとすると故郷を出るしか選択肢がなかったのだ。
俺が進学先に選んだのはパルデア地方にあるアカデミーだ。両親がそのアカデミーの卒業生で幼い頃から何度も話を聞いていたが、決め手は「課外授業」と称して行われている宝探しの話である。
アカデミーでは毎年授業の一環で宝探しをするという。宝探しと言っても実際に隠された金銀財宝を探すわけではなく(そのような宝を探す生徒もいるかもしれないが)広大なパルデア地方を冒険して自分にとって「宝」と呼べるような体験をすることが目的だ。
故郷で近所に住んでいた姉弟はイッシュ地方にあるというブルーベリー学園を選んでいた。そちらは確かポケモン勝負に力を入れている学校だったか。
俺は幼い頃からポケモン勝負があまり得意ではなく、相棒のタルップルもカジッチュだった頃からおっとりとした性格で戦うことは苦手だったからブルーベリー学園では卒業までに挫折して自信を失ってしまうのではないかと思った。
パルデアのアカデミーであれば無理に強さを極める必要もないし、逆にもっと強くなりたいと思うようになったときに宝探しとしてチャンピオンを目指してみるという選択も用意されている。最初から強さを求めてはいない俺にとっては此方のほうが都合が良かったのも大きい。
◇
パルデア地方のアカデミーには——他の学校でもさほど珍しい行事ではないと思うが——他校の生徒と合同で行われている林間学校と呼ばれる行事がある。
生徒数の多いアカデミーでは学年、或いは学校全体で林間学校を、というのはどうしても難しい。その為、抽選で選ばれた生徒だけが参加できる特別なイベントであった。
今回の林間学校のメンバーに選ばれた、と担任の先生からスマホロトムに連絡が来た俺は思わず目を丸くした。行きたいと願う生徒はごまんといる中で何故俺が。嫌なわけではないが行き先を聞いて真っ先に出た感想はそれだった。
……キタカミの里のスイリョクタウン。アカデミーの長期休暇で帰省することはあったが、学校行事で里帰りする羽目になるとは思わなかった。去年だったかもっと前だったかの林間学校ではジョウト地方やホウエン地方へ行くこともあったそうだから自分も出来れば行ったことのない場所へ行ってみたかった、というのが本音ではある。
今年の林間学校に選ばれた生徒たちとの面識はない。最近転入してきたばかりの転入生のことだけは何かと話題なので知っていたけれど他のメンバーのことは……どこかですれ違ったことくらいはあるかもしれないが、顔も名前も知らない人ばかりだ。それは彼らにとっての俺という存在も同じだろうが。
キタカミの里に詳しい生徒がこのアカデミーの林間学校メンバーにもいてくれるのは心強い、と引率のブライア先生は小さく笑った。
「……ブルーベリー学園と合同、とは聞いていたがまさかお前たちがブルーベリー学園からの参加メンバーとはな」
「それはこっちの台詞よ」
馴染みある女の声に思わず深く息を吐いた。
ゼイユ、とその女の名を呼べば彼女は不機嫌そうな表情を浮かべる。……俺が怒らせた、というわけではない。自分の故郷に余所者が——パルデア地方の人間が来ることが気に食わないのだろう。ゼイユの後ろで彼女の弟であるスグリが視線を彷徨わせる。
移動中のバスで酔ってしまった生徒がいるから、と管理人を呼びに行く係を任されたのは噂の転入生。スイリョクタウンはバス停から程近い場所にあるし迷わないだろうが念の為、転入生の案内と手伝いを兼ねて俺も同行するよう言われてスイリョクタウンまで付き添ったら見覚えのある姉弟がいたのだから流石に驚いた。
いきなり因縁をつけられた転入生も困ったような表情を浮かべていて、流石に助けてやりたい気持ちはあるが俺が余計な介入をしたらゼイユは更に機嫌を損ねるだろう。
俺とゼイユ、それからスグリはキタカミの里で幼少期を過ごした幼馴染ともいえる関係だった。
スイリョクタウンには同世代の子供が少なかったし、お互いにご近所だったから自然と一緒に遊ぶ機会が多くなった。俺の両親が彼ら姉弟の祖父母に子供の頃はよく可愛がってもらっていたらしいのも、俺たちが自然とつるむようになった理由のひとつではあるかも知れない。
別々の学校へ入学することになってからは何となくあまり連絡を取り合うこともなくなって、今となっては帰省中に顔を合わせることもある、という程度の関係だ。
とはいえゼイユやスグリがどう思っているかは定かではないが少なくとも俺はあのお騒がせ姉弟のことは今でも嫌いではない。ただ会う機会が減って、これまで近い距離にいたからこそスマホロトムで頻繁に連絡を取ることに対して妙な気恥ずかしさがあるだけだ。スグリはまだスマホロトムを持たせてもらっていないから連絡を取るのが難しい、という事情もあるが。
◇
「パルデアのアカデミーに入学して少しは強くなったのかしら」
「あのな、ゼイユ。俺がキタカミにいた頃からお前のチャデスに勝てたことないの分かってるだろ。ポケモン勝負は相変わらず苦手だよ」
「でもあんたの相棒、進化したんでしょ」
「パルデアに行く前にな。流石にカジッチュのままじゃ野生ポケモンと戦闘になったとき困るだろ」
カジッチュが覚える技、お前も知ってるだろ。肩を竦めてそう返す。幸いキタカミではカジッチュの進化に必要なりんごなんて簡単に手に入る。
キタカミに住んでいた頃はピッピにんぎょうを持ち歩き出来る限り野生ポケモンとの戦闘は回避してきたしゼイユと一緒に行動しているときはゼイユが何とかしてくれることもあった。
我ながら情けないとは思うが母が誕生日にプレゼントしてくれたカジッチュ以外のポケモンを持っていなかったしあまり手持ちポケモンを増やしてもきちんと育ててあげられそうになくて自分より実力のあるゼイユについ甘えてしまった。
「そっちの学校では宝探しってのがあるんでしょう? ナマエの宝は見つかったの?」
「どうだろうな。でも、いい経験は積んでいるよ。キタカミでもパルデアの学校周辺でも見かけなかったポケモンとか見つけるだけでも楽しいし」
「やっぱりこっちの学校とは全然違うのね」
「ブルーベリー学園はブルベリーグ、だったか。どこの学校に入学するか悩んでたときに学校のパンフレットで読んだだけだが……」
ポケモン勝負に力を入れている学校なだけあるな、と印象に残ったことを覚えている。パルデア地方では四天王と呼ばれる凄腕トレーナーとトップチャンピオンに勝利することでチャンピオンランクとして認められる制度があるが似たような制度が学校内にあるとは。
イッシュ地方にはバトルサブウェイというポケモン勝負の為の施設があると聞いたことがある。チャンピオンも、パルデアでは複数人の該当者がいる資格のようなものだが向こうではその地方で最強のトレーナーだという。田舎であるキタカミはともかく、パルデアと比べてもイッシュはポケモン勝負が盛んな土地なのかもしれない。
——ゼイユはともかく、引っ込み思案でいつもゼイユの後ろに隠れているスグリまでブルーベリー学園へ行くと聞いたときは驚いたものだ。彼のトレーナーとしての潜在能力はかなりのものだったが、失礼ながらその性格であるが故にブルーベリー学園で卒業までの数年を過ごすのはしんどいこともあるのではないか、と思ったのだが。
姉に半ば強引に、という可能性もあるがその辺は家庭の事情があるだろうし俺が詮索すべきではないかと思い直した。
「ゼイユも今度パルデアに来るといい。大穴……は立ち入り禁止だが、テーブルシティには店も人も多いし見ているだけでも楽しいと思う。ピクニックでサンドウィッチを作るのもなかなか面白い」
「あんた、サンドウィッチなんて作るんだ」
「パルデアではピクニックでサンドウィッチ作るのが一般的なんだよ。アカデミーの生徒は大体経験があるんじゃないか?」
家庭科の授業でもそういうこと教わったりするし、と付け加える。
俺自身、恥ずかしながらキタカミにいた頃はサンドウィッチすら碌に作ることがない生活を送っていたがパルデアで生活を始めてからは手軽に作れるサンドウィッチの良さに気付いた。
「まあ、考えておくわ。あんたと一緒ってのもたまには悪くないし」
「子供の頃は割とずっと一緒だっただろ」
「子供の頃と今とじゃ違うじゃない」
「……確かに、あの頃だからこそ出来たことも今じゃないと出来ないこともあるかもな。今となっては会う機会も減ってしまったし」
俺もゼイユも、学校を卒業する頃にはまた違う形になっているのだろうか。
それは楽しみなような、少し怖いような。だが、ずっとくだらない話が出来る幼馴染のままでありたいと、そう願っている。