I love you がほろにがい
「フィニート・インカンターテム」
私は真っ暗で埃っぽい箒置き場の片隅で小さく呪文を唱える。まったくあの人たち石化呪文と透明呪文を併用するだなんてなかなか見つけられないわけだとか本当に意地が悪いんだから次会ったらぶん殴らないとだとかなんとか考えていると、杖を向けた方向からぐすり、と鼻をすする音が聞こえてきた。
暗闇の中の影が小さく身じろぎをする。ルーモス。杖灯りであたりを照らすとまるで幼子のように身体を丸めて泣きじゃくっている彼がいた。私はいつもみたいに彼の横にしゃがみこんで、埃で真っ白になった床を指でなぞって落書きをする。こういう時のセブルスに声をかけてはならない、というのがここ数年間で得た彼との付き合い方だった。セブルスの押し殺したような泣き顔を聞きながら、小さな私と彼との相合傘に息を吹きかける。ぶわりと埃が舞った。背中合わせのセブルスがげほっと咳き込んだ。
「……埃立てるなよ」
「ごめんて」
ずびりと情けなく鼻をすすったセブルスがもぞもぞと動いた。今から行って授業間に合うかなあとかぼんやり考えてた私の思考は思いもよらぬセブルスの言葉で中断された。私はびっくりして、赤面して、小さな震える声で尋ね返した。
「……何、セブルス」
「アイ・ラヴ・ユー。床に書いてあるんだよ、ホラ」
なぁんだびっくりした!私はなぜかほっと胸をなでおろしながら…………ん?床に書いてある?そういや先週箒置き場に閉じ込められたセブルスを助けに行った時…………私は心当たりがあってセブルスの指が指し示すところを覗き見た。
「……どう考えても君の字だが?」
「わあわあ違うのえっとあのその英語の練習を!しようと思って!」
「……まあ確かに君ジャパニーズだけどイギリス生まれイギリス育ちだろう」
「…………」
「無言で僕の腹を殴るなオッケーわかった英語の練習ってことにしといてやる」
私をいじってすっかり元気になったセブルスがよいしょと立ち上がる。私もセブの手に引かれて腰をあげたけど、セブルスが口に手をあてて「アイラブユーか」とか何とか呟いたもんだから心臓がどくりと波打ってしまった。
「へえ。こんなところで告白の練習なんてするのか、君」
「な、何よ。悪い?」
「よりによって何でアイラブユーなんだ」
「そりゃアイラブユーはアイラブユーなんだから仕方ないじゃん!」
ふうん君って意外とロマンチックな人間なんだな、アイラブユーの練習をするだなんてとセブルスが鼻で笑う。
「ほら……発音してみろよ、なまえ。僕が聞いててやるから」
「……ばか!」
私が顔を赤くしたり青くしたりするのがよっぽど面白いのか、ずいと鼻と鼻がくっついてしまいそうなほど近寄ってきたセブルスの身体を精一杯押しやる。ああなんてこの恋は、ほろ苦い。