アーサーカークランドに殺される

 人の最期とは案外呆気ないものだ、と思う。



 アーサーが私の身体を懸命に揺すぶっている。自分の身体に働きかけられているはずのそれは何だか膜一枚を隔てた遠い世界で行われていることのようで、私はたゆたう意識の中ぼんやりアーサーの必死な顔を眺めていた。子供みたいなぐしゃぐしゃの泣き顔。ブルーベルの森で初めて出会った時から何一つ変わらないその表情がなによりも愛しくて、私は彼の頬に手を伸ばした。

「ごめっ、俺のせいで、」

 エメラルドの瞳からぽろぽろと涙が溢れる。透き通ったそれを動く方の手で拭ってやりながらボサボサの金髪を優しく抱き寄せた。大丈夫、大丈夫だからアーサー、とかなんとかいつもみたいに言い聞かせてやろうと思ったのに声が出ない。ふと喉奥に焦げのような苦さを感じた。まるでアーサーお手製のスコーンのような…………そして私は思い出す。そうだ、先ほどまでアフタヌーンティーのお供にとアーサーが張り切って作ったらしい大量の黒焦げお菓子を食べていたのだ。ーーーーなるほど確かにアーサーが私のために作った歴代菓子の中でも1位2位を争うような強烈な味をしていたような気がする。およそ人が作ったものとは到底思えないような見てくれ、この世に存在してはいけないのではと訝ってしまうような匂いを放つ暗黒物質をあろうことか私は食べたのだ。全て。手料理の感想を催促するアーサーの顔はあまりにもキラキラしていて、今までに見た表情の中でも一番に楽しそうで、まあつい、というところなのだった。この『つい』を何百年も繰り返した結果彼の料理の腕は磨かれるどころか低迷を続け、今回私が倒れる結果となってしまったのだが、何というか命を危険に晒してまで彼のダークマターの食レポをしてしまう私はつくづくアーサーに甘いのだなあと改めて思ってしまう。

 アーサーの震える手が私の手を握る。

 私がアーサーに極限まで甘くしてしまうのと同様、アーサーも私に対してはどこまでも無尽蔵に甘くて一生懸命だった。ここまで手の込んだ菓子を振舞われるのは後にも先にもきっと私だけだろうし、時間軸の違う私が老いて死なないようにアーサーはいつも私を自分の傍に置きたがった。しかしすっかり忘れてしまっていたがどうも私もただの人間だったらしい。『彼ら』と違って怪我や病がすぐ治るわけではないのだから、アーサーの手作り暗黒物質の体へのダメージなんて計り知れない。今までは幸運に幸運を重ねた幸運に恵まれて助けられてきたが、どうも今日が運の尽きだったようだ。

 泣かないでアーティ。絞り出した自分の声は思ったよりもなんだか頼りなく掠れていて驚いた。いつもならアーティって呼ぶなバカだなんて怒るはずのアーサーはやっぱり顔をくしゃくしゃにしてきれいな瞳から涙をぼろぽろ零してこちらを覗き込んでいる。泣かないで、頼むから怒ってくれよアーティって呼ぶなって。君がそんなにしおらしいと調子が狂うじゃないか。


 彼が何かを言っている。後に残してゆく君のことだけがただただ心配だ。目を瞑る。手放す意識の中咄嗟に口にした「愛してる」の一言が彼に伝わったかは分からない。だけどどうかどうか、これからも彼があたたかな幸せに恵まれますように、と切に願った。







 アーサーカークランドに殺される






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